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全国すべての市を制覇する旅に出ます

日本にはたくさんの魅力ある市があるにもかかわらず、なかなか探訪する機会がないので、コツコツ全国の市に訪問してみようと思いました。このブログはそんな訪問の記録。

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もっと柔軟に楽しめればよいのでは?

 

 

旅において温泉は大事 

旅行において何を楽しみにするかは人によって異なる。観光地をたくさん訪問したいと思う人もいれば、ローカルなグルメを味わいたいと思う人、その土地でしか体験できないアクティビティを求める人もいよう。

このように旅行の楽しみは数あれど、日本国内をあちこち行くのであれば、温泉はけっこう重要なポイントなのではないか。実際、これまで私は訪問した市でけっこう銭湯やスーパー銭湯に行っている。というか、ほぼ必ず近場にそういった施設がないか探している。熱海をのぞけば温泉らしい温泉には入っておらず、銭湯やスーパー銭湯に偏ってはいるが、これから先にあちこち訪問する中で温泉にもいろいろ入りたいと思う。

 

ということもあり、今回は今後の温泉選びの参考になるかと思い石川『本物の名湯ベスト100』を読んでみた。

 

本物の名湯ベスト100 (講談社現代新書)

本物の名湯ベスト100 (講談社現代新書)

 

 

温泉の客観的評価? 

筆者のスタンスは「客観性」だ。筆者は先行する温泉本に対して以下のような不満を抱いているとのこと。

 

  • 多くが温泉地選びというよりは、温泉宿選びに偏っていたこと
  • 温泉セレクション本がいったい、どのような客観的な基準、説得力ある根拠をもって選んだのかわからないこと
  • 肝心の温泉そのものにかかわる基本データすらきちんと記載されていないこと

 

まぁ、わからないでもない。全ての温泉本に必ずしもデータが掲載されているわけではない(というか、泉質のデータなどは基本的に同一だろうからデータによっては全ての温泉本に掲載する必要はないかもしれない)。

 

さて、客観性を標榜する筆者が温泉を評価する上での評価基準は以下の5つである(13頁)。

 

 

本書では、温泉地を評価する客観的な指標を、次のように五つ設定した。

 

I 源泉そのものを評価する指標

II 源泉の提供•利用状況を評価する指標

III 温泉地の街並み景観•情緒を評価する指標

IV 温泉地の自然環境と観光•滞在ソフトを評価する指標

V 温泉地の歴史•文化•もてなしを評価する指標

 

ここで悩ましいのは、これって客観的に評価するのは難しいんじゃない?という指標が割に含まれていることだ。どういった条件が満たされれば客観性が確保されるかはいろいろな基準がありそうだが、その一つとしては、誰がやっても同じ方法を用いれば同じ結果がもたらされると期待できることではないか。

 

仮にそうした場合、筆者の揚げた5条件を用いればみなが同じ結果にたどり着くかといえばそんな気はしない。筆者の100位の順位*1は、結局のところ、いい温泉として衆目一致する温泉ばかりだから、まぁ、結果に異論はないが、それでも順位付けをめぐっては喧喧諤諤の議論がありえよう。

 

どうしてこうなるかといえば、5条件のうちいくつかが主観性が排除できないこと、そしてそもそもなぜにこの5条件でなければいけないかがよくわからないからだ。

 

たとえば筆者は「旅館風懐石料理」や「部屋付き露天風呂がある」といった項目で温泉旅館は評価しないという立場だ。しかし、なぜにこれらを基準に含めていけないのだろうか?温泉地に行けば旅行に泊まることは多い。である以上、温泉を楽しむうえで旅館は切っても切り離せない関係にあるのではないか?明らかに筆者は星野リゾートなんかはキライそうだが、別にいいじゃないか星野リゾートを楽しんでも、と思うのだ。

 

温泉は自分の好きに選べばいいのだ

別に筆者の基準が悪いと言いたいわけではない。そこが問題なのではなく、筆者が根拠なき「客観性」を標榜して、このような基準であるべき、という押し付けをしているような気がしてならないからだ。確かに客観的(量的)分析のほうが恣意的でときとして曖昧に見える質的な分析よりもカッコよく見えてしまうのはよくわかる。

 

とはいえ、評価基準を無限に選べるわけではなく、結局いくつかの評価基準を選ばざるをえない。評価基準の抽出基準が不明確である限り、出来上がった分析も恣意的なものにならざるをえない。少なくとも筆者はそこまで考えているようには見えない。

筆者は評価基準を明示することを客観性と捉えている節があるが、それは客観性ではなく透明性であって、明示しても基準自体が客観性を確保できないものであれば、それに基づいて決められた順位も客観的ではありえない。

 

たとえば、わたしが好きな女性について語るとして、Aさんがいいと言ったとして、その基準は明らかにしなかったとする。他方、わたしがルックスと性格とスタイルを重視すると公言して、そのうえでその条件を満たす女性としてAさんを選んだとする。

 

これによって、わたしが何を重視して女性を選ぶかは明瞭になるわけだが、別に明瞭になったところで、ルックスや性格、スタイルだけで選ぶというのはあくまでわたしの都合で評価基準を選んだだけであり、さらに各指標も誰しもが同じ結論に至るような客観的な評価方法ということにはならない。

 

別に筆者の独断の評価でもいいのだ。たかがどこがいい温泉かを議論するくらい。ただ、筆者の基準はやはり石川流基準であって、客観的な評価ではない。いいではないか、温泉旅館を評価に入れるなんて曖昧だ〜なんて上から目線で批判しなくたって。温泉は当人が楽しめれば十分。それゆえ、客観的基準だなんて大上段に言わず、わたくしは温泉をこう楽しむとだけ言えば十分なのである。

 

もっとも、一つの本の評価基準にここまで噛み付くお前が一番無粋であると言われてしまいそうだ。。。

*1:一位から順に、草津温泉別府温泉湯の峰温泉野沢温泉蔵王温泉といった具合になっている

名字と地名

 

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名字とは

名字の由来をたどると、だいたい「〜郷」に住んでいたから、といった具合に地名から名字を拝借していることが多い。

かくいう私の名字である「秋山」もその一つで、巨摩郡秋山(現山梨県南アルプス市秋山)を由来とする。

 

そもそも名字とは何か。鈴木亨の本によると名字とは、

 

名字の「名」とは名田のこと、つまり土地のことだ。「字」とは土地の小区分のことで、現在も檜原村字小沢などという使い方がされている。

武士は土着した土地の名、つまり「名字」を名乗りにしたのだ。そしてその土地を懸命に守った。これを名字の地とも呼ぶ(p.133) 

 

 

日本史の授業で習ったが、現在では「一生懸命」と書かれるこの言葉も、もともとは「一所懸命」といって、一つの所領を命がけで守るという意味だ(鈴木、p.133)

 

名字と地名

このように今日の名字の多くは地名に由来するわけだが、基本的に名字は本家が承継し、分家はその名字を名乗れないから、分家は住んでいる地名を名字とする。それゆえ、日本には数多の名字が溢れることになるわけである。

 

もっとも移り住んだとしてもその土地の名前を冠することなく、もともとの地名に由来する名字をそのまま新天地に持ち込むこともある。

 

たとえば、戦国時代の花形役者である上杉謙信武田信玄のそれぞれの名字のルーツをたどれば、上杉氏は丹波国何鹿(いかるが)郡(現在の京都府綾部市上杉)、武田氏は常陸国吉田郡武田郷(現在の茨城県ひたちなか市武田)とされる。

 

その後、上杉氏は上杉重房が鎌倉に赴き、その一家後北条氏に圧迫されて、長尾景虎を頼って越後に行き、景虎が上杉の名字を名乗るようになる。上杉景虎が出家して上杉謙信というわけである。その後、上杉氏は越後から会津、その後米沢へと移される(鈴木、pp.147-148)。

 

名字が地名になったわけではないが、黒田長政が黒田家ゆかりの土地である福岡の地名をもってきたのが、現在の福岡県福岡市の地名の由来であり、人の移動に伴って地名も変遷するのである。

 

mtautumn.hatenablog.com

 

山梨県の2つの秋山

かように人と地名は深く結びついているわけだが、名字と地名が同じだからといって、常に関係があるというわけではないから面白い。

先に書いたように私の名字の秋山は現在の山梨県南アルプス市の秋山という地名を由来とする。同じ山梨県上野原市にも秋山という地名がある。温泉施設もあるので、以前訪れたことがあったのだが、タクシーの運転手さんに「私、秋山という名字なんです」と言っても、「この辺じゃ珍しい名字だね〜」という返答で意外に思ったものである。

 

秋山 (上野原市) - Wikipedia

 

上野原地域おこし協力隊のホームページによると、上野原市の秋山は、

 

 

甲斐源氏加賀美遠光の長男秋山太郎光朝の城があったことにちなむといわれるが、また一説には周囲の山が秋には紅葉となって非常に美しいので「秋山の庄」と名づけられたともいう

 

uenohara.jp

 

前者であれば私の名字の秋山とも深くかかわるが、後者であれば景観を表した地名となる。現在、秋山という名字が少ないということを考えれば、後者のほうが正しい由来なのやもしれない。

 

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日本五大桜で花見する〜埼玉県北本市(2017年4月8日訪問)

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日本五大桜 

 

やはりこの時期ともなれば、日本人の一員としては花見に行きたくなる。もちろん、すでに会社近くの花見スポットには行ったし、街中にもちらほら桜は咲いているから、この時期はあちらこちらで桜を愛でることができる。

 

身近な桜もいいとはいえ、せっかくならばちょっと足を伸ばしていつも見る桜とは違う桜も見てみたいと思うもの。

そんなわけで私は日本三大桜(または五大桜)を制覇することにし、手始めに昨年は福島県三春町の三春滝桜を見に行った。そのときは天気もよく折良く満開で、それはそれは見事な桜であった。

 

日本五大桜 - Wikipedia

 

そんなわけで、今年は残る二大桜も制覇しようと、山梨県北杜市の山高神代桜、もしくは静岡県富士宮市狩宿の下馬ザクラを見に行こうと思っていた。

 

しかしながら朝起きてみれば天気は雨。しかもネットで確認してみると、いずれもまだ蕾か五分咲き程度とのこと。翌週は予定があるので、さすがにそこまでの遠出は難しいとも思い、三大桜から候補を広げ、五大桜の一つである石戸蒲桜を見に行くことにしたのである。

 

その石戸蒲桜があるのが、埼玉県北本市。鉄道の最寄駅はJR北本駅。桜までは駅からバスが便利。

 

北本市の人口は2017年4月1日現在で、67,381人である。1971年、埼玉県33番目の市として誕生した。市のホームページによると、地名の由来は下記のとおり。

 

明治22年まで市域が14の村に分かれていたころの村名の一つに、「本宿村」がありました。ところが、同じ北足立郡のなかに本宿村という村名が2カ所(現在の北本市さいたま市)あり、不都合なので、北にある本宿村を「北本宿村」とすることになりました。
 この「北本宿」が、昭和3年に開設された駅の名前として使われることになりました。さらに、昭和18年に石戸村と中丸村が合併したときの村名は、この駅名からとられました。その後、昭和34年に町制を施行するときに、「北本宿町」では『語呂が長く呼びにくいので、宿をなくして北本町にした』といわれています。
 こうして、現在の「北本」という地名ができました。北本という呼び名は昔からのものではなく、比較的新しい地名といえます。

 

北本市のプロフィール/北本市

 

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桜アピール

 

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マンホールのふたも桜柄

 

 

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ランチはラーメン

まずはランチ。事前に食べログで調べて評価の高かったラーメン屋に行くことにした。

 

retty.me

 

すでに時間は14時であったが、お店は満席。雰囲気としては昔ながらの街中のラーメン屋といった風情だ。カウンターとテーブル席が数席。BGMはなく、店内には14インチほどのブラウン管テレビで番組が映し出されている。こういった様子もまさに街中のラーメン屋といったところ。

 

醤油や塩といった定番味に加えて、富山産白エビを使った限定20食塩ラーメンや激辛ラーメンもある模様。白エビラーメンには心惹かれたが一日20食ですでに完売であった。

 

というわけで、私は塩ワンタン麺を注文。ご飯ものも頼みたかったが、こちらもすでに完売となっていた。

 

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味はなかなか美味なり。具材の味は比較的が薄めだが、ワンタンは薬味がほんのり存在感が利かせている。スープからはエビと思われる風味を感じられる。近くにあったら週末はしばしば通ってしまうであろう。

 

塩ラーメンにはレモン汁をかけると東南アジアのスープ的な酸味と塩味のあいまった味に変身する。

 

石戸蒲桜を目指すが

お腹が満たされたところで、いざ石戸蒲桜へ。

 

グーグル先生の言うことにゃ、バスで自然観察公園前から徒歩とのこと。

 

20分程度揺られバス停につく。

 

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道中、なぞのオブジェが 

 

実は間違いだったのだが、石戸蒲桜ではなく、自然観察公園に入ってしまった。というのも、自然観察公園にも北本市指定の天然記念物エドヒガンザクラがあると看板に書かれていたからだ。てっきり同じものと思い、園内に。

 

埼玉県自然学習センター・北本自然観察公園ホームページ

 

園内は広大な緑地となっており、ビオトープや野鳥観察を楽しめる。

 

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園内の湿地を歩いて桜に着くと、あれっ、本当にこれっ?っていう感じのあまり咲いていない桜の巨木があった。

 

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おかしい。ネットには蒲桜は8分咲きと書いてあったのに、目の前の桜は2部も咲いていない。というか、むしろ咲き終わって葉桜に移行しつつあるようにも見えた。

 

これが北本市指定天然記念物のエドヒガンザクラなのであったが、どうやらすでに見頃は過ぎてしまったようだ。桜の知識には疎いが、種類によって近くにあっても見頃は異なるらしい。

 

念のため、ここでグーグルマップで再度検索してみると、どうやら石戸蒲桜はそこから徒歩15分程度の場所にあることがわかった。道理で。

 

 

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ようやく石戸蒲桜

今度こそ、本物の石戸蒲桜に到着。桜をお目当に来た人々がそこそこいる。

 

お堂の中に蒲桜はあり、蒲桜以外にも立派な桜が数本。天気が悪いのがあいにくで、桜の花びらが空に映えないのが残念だったが、それでも立派で美しい桜である。

 

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三大桜の三春滝桜と比べるとやや見劣りするので、五大桜になっているのもある意味納得だが、ほぼ満開でとても美しい。

 

近くに数点出店があって、出来立ての特大煎餅100円を買う。

 

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それにしても桜とはなんと美しく特別な花であろうか。春という季節とも相まって、見れば前向きな気持ちになれるし、散り際の儚さもとても美しい。これほど完璧な花は世の中他にないだろうとさえ思ってしまう。

  

駅までバスで戻り、駅前からコミュニティバスで10分程度のスーパー銭湯で温泉に浸った。

 

北本温泉 湯楽の里|埼玉県北本市の天然温泉施設

 

ご当地グルメのトマトカレー with おばあちゃんの優しさ

次は晩飯を探す。

 

北本市はご当地B級グルメとしてトマトカレーを押し出している。特設のホームページがある。駅近ということもあり、ホームページで一番最初に掲載されていたあさひ庵に行くことにした。

 

tomato-curry.com

 

駅から5分程度でほぼ住宅地の様相を呈し始め、そんなとこに飲食店があるのかやや不安になってきたところでお店発見。カラオケで唄う男の声が聞こえる。近くにスナックはないし、この店からだろうか?

 

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もろもろ不安ながら店内に入る。地方の食堂に毛が生えたような小料理屋といったところか。

店内には宴会場があり、そこで宴会が催されているようだ。やはり先ほどのカラオケはこの店からであった。しかし、不思議なことに店内に入るとさほどカラオケの音は気にならない。

 

トマトカレーのほか、鴨のつくねとこんにゃく団子を注文。

 

女将さん?なのか初老の女性がオマケとして、豚肉と大根の煮物や麻婆豆腐を小皿で出してくれる。宴会用に作ったものの余りのようで、やや濃いめの味付けが自然観察公園や花見で歩いて少し疲れた身体に心地よい。

 

女性がいろいろ話しかけてきてくれる。こういった気さくなふれあいは個人経営のお店ならではといったところで、なんだかとてもうれしい。

 

トマトカレーはトマトの酸味が利いていて、邪道と思いきやもっと注目されるべき美味なカレーであった。どうやら、北本はトマトの産地のようで、トマトカレー以外にもちょいちょいトマトが販売されているのを見かけた。

 

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トマトカレーと認定されるには以下の要件を満たさなければならないようだ。

 

一.ライスをトマトで赤くすること

二.ルーにトマトを使用すること

三.トッピングにトマトを使用すること

 

tomato-curry.com

 

横須賀というアウェーの地で開催された全国ご当地カレー大会で優勝歴があるそうで、横須賀海軍カレーに比べるとだいぶ知名度は劣る感じはするが、実力的には海軍カレーに勝るとも劣らない。

 

こんにゃく餅は不思議な食感。中は抹茶あんで温かい状態で供される。お店のオリジナルか、それともこちらも北本の名物なのかはおばあちゃんに聞きそびれてしまった。

 

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お腹は満たされた。日本五大桜とご当地グルメを堪能できた。あとは家に戻るために湘南新宿ラインに乗りこむだけ。私が横浜に暮らしていたときはこんな直通路線はなかったわけで、何とも便利な時代になったものである。

 

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伝言ゲームの末に間違えて伝えられた地名

 

地名の起源を辿る難しさ

地名の漢字が変わることはこの間も書いた。

 

mtautumn.hatenablog.com

 

本来の文字とは異なる文字が後の時代に当てられ、そのため現在の地名からは語源を辿ることが難しい場合がある。 

 

とはいえ、地名をおめでたい漢字に変えるのは意図的な行為であり、心情的にもよくわかる。

 

しかし、中には意図せずして地名が変わってしまうこともある。 

すなわち、間違えて伝達してしまう場合である。

 

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地名の伝言ゲーム 

昔の手紙などを見ると、今日のわれわれから見れば蛇がのたうちまわってるような文字で書かれていることが多い。専門家でなければ解読できない。

 

当時の人々が皆さんあのような文字を書いたのであれば、今のわれわれよりはあの文字に慣れているから読むのに難儀することはないかもしれないが、他方で昔は読み書き算盤が出来る人は限られており、識字率はだいぶ低かったと思われる。

 

とすると、漢字が読めず、書かれた文字のおよその形から推測してそれっぽい単語を書き記したかもしれないし、音だけで判断して、伝言ゲームのように他の人に伝えていったかもしれない。 

 

伝言ゲームが面白いのはわずか数人であってもちゃんと伝わらないからだ。伝言とはむしろ正確に伝わる確率のほうがよっぽど低いのだろう。

 

まして、今日のわれわれより教育が行き届いていなかった時代だ。伝言が誤って伝えられる可能性がより高かったに違いない。

 

伝言ゲームのはてに

では、間違えられて伝えられた説がある代表的な地名はどこか?

 

その一つが神奈川県の小田原である。戦国時代には後北条氏が本拠を構え、現在でも城が残る神奈川県を代表する歴史ある街である。今日などは満開の桜がとても美しく城に映えていたことだろう。

 

その神奈川県を代表する街の一つである小田原の語源には読み間違えられ説が存在する。

 

草書体で書かれた文字を読み誤って「小田原」になったというのだ。

小田原から大磯にかけての一帯は、かつて「餘綾」(よろき)と呼ばれていた。その地名に接頭語の「小」がついて、やがて「小餘綾」(こよろき)となる。この「餘綾」は難しい漢字のためか、「小餘綾」はやがて「小由留木」という当て字で書かれることがあったという。

読み間違いの始まりは、この「小由留木」である。これを草書体で書くと、「留」は「る」で書かれ、「小由る木」となる。それがいつしか、「小」「由」「る木」が一つの塊の漢字と謝って、「小田原」になったというのである(括弧内筆者)(浜田弘明『意外と知らない神奈川県の歴史を読み解く!神奈川「地理・地名・地図」の謎』(70-72頁)

 

 

間違えに基づく地名だと、もうまじめに語源を推測するのは至難の業だ。

 

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横浜市境木に突如として現れる男の城〜横浜市(2017年4月1日)〜

 

今回は横浜市

2017年3月現在で、人口は3,728,021人。言わずと知れた日本最大の人口を誇る市であり、みなとみらい地区や元町中華街、山手などの観光地を擁する街である。ハイカラなカルチャーのある港町であり、私が育った街である。

 

横浜の地名の由来は、長くのびた砂州に由来するという説、官道から外れた浜辺という説、浜の横が発展したといういくつかの説があるようだ*1

 

hamarepo.com

 

横浜市境木

今回訪れたのは横浜市保土ヶ谷区の境木。境木とは文字通り「境」であることが地名の由来。どことどこの境かといえば、それは武蔵国相模国の境である。

 

境木地蔵 - Wikipedia

 

境木といえば地蔵尊と商店街である。私はかつてここから15分程度の戸塚区品濃町に住んでいた。そのため、境木という地名はなじみがあり、一度くらいは来ているはずである。しかし、記憶に残っていない。そのため、横浜にはもっと他に訪れるべき場所はあると思うのだが、思い出の地めぐりも兼ねて境木を訪れることにしたのである。

 

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↑ 手水舎にも地蔵さまが 

 

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昼飯の中華。正しい中華食堂、だが味は

地蔵尊に参拝し、境木商店街で昼ごはんを食べることにした。

もともと行こうと思っていた寿司屋は原因不明のお休みで、次に行った鰻屋は「営業中」の札がかかっていたにもかかわらず、今日は鰻がないからやっていないとのこと。とても幸先が悪い。

 

そもそも境木商店街自体、いざ訪れてみると商店街といいつつ、さほどお店があるわけではなかった。空いてそうなお店といえば、上記2店舗を除くと、ややレトロな雰囲気を漂わせる中華屋さんしか見当たらない。

 

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というわけで、ほぼ唯一の選択肢といえる中華屋さんでお昼を食べることにした。

 

食べログ、八千代飯店

https://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140305/14021528/

 

外観、内観ともに街中にある中華屋さんといった雰囲気だ。テレビがつけっぱなしにされ、ショッピングチャンネルが流れているあたり、その雰囲気をさらに強めている。のちに店主のおじいさんが高校野球の決勝戦にチャンネルを変えた。

 

頼んだのは、サンマーメンのセット(サンマーメン+半チャーハン)、ワンタン麺、餃子である。神奈川ご当地グルメサンマーメンを除けば、中華の王道たちの降臨である。

 

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サンマーメンとは五目ラーメンのようなラーメンで、 野菜やかまぼこ、肉などが入っている。

 

サンマー麺は戦前当時、調理人達のまかない料理で、とろみを付けた肉そばが原形になったと言われています。 神奈川県横浜市中区の中華料理店から戦後(昭和22~23年頃)発祥したと云われおよそ60余年の歴史があります。醤油味がベースのスープに具は肉・もやし・白菜、その季節に有る具にあんをかけた簡単なものでした。しかし当時ではラーメンよりボリュームがあり美味しく、あんがかかっているので寒い季節は温まって元気が出てくることから徐々に商品化されお店にも並ぶようになってきたのです。

(中略)

サンマーメンと言うと「秋刀魚が乗っているラーメン?」と思っている人も事実いますが、サンマーメンは漢字で「生馬麺」と書きます。「生=サン 馬=マー」は広東語の読み方で、調理法もやや甘めの広東料理に属しています。 生馬麺の意味は。生(サン)は「新鮮でしゃきしゃきした」と言う意味。 馬(マー)は「上に載せる」と言う意味があります。つまり新鮮な野菜や肉をサッと 炒めてしゃきしゃき感の有る具を麺の上に載せることから名付けられたと伝われているのです。

(中略)

今では横浜の中区だけではなく、神奈川県全域はもちろん関東各地でもサンマーメンを提供するお店が増えております。 伝統のあるサンマーメンですが、では「サンマーメンとはこうして作るものだ」と言う定義はあるのでしょうか? 実は確定された定義はありません。

(中略)

しかし少なくても「肉ともやしや白菜を使用し、野菜はシャキッと手早く炒め、必ずとろみを付けてコクのある具に仕上げる事」は共通しているようです。

 

www.sannma-men.com

 

さて、肝心のお味といえば、昔ながらの中華食堂の味を想像していただければ基本的に遠くはない。が、けっこう味は薄い。美味しいか否かについては賛否両論があろう。ただ、野菜あんかけがかかっているだけあって、サンマーメンセットはけっこう腹がふくれる。高齢のご夫婦が営んでいるかと思いきや、途中で息子さんらしき人がお店を手伝っていたので、彼がこの先にお店を継ぐのだろうか。

 

境木の住宅街を歩く

腹は膨れた。腹ごなしをかねて境木を歩いてみることにする。といっても小規模な商店街を抜ければ一面は住宅街である。 

 

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↑ 横浜銀行の支店があるから、商店街が存続できるという説がある。なぜなら、銀行を利用するために人が訪れ、ついでに商店街を利用するから*2

 

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↑剪定されていない豪快な枝ぶりの桜

 

ぷらぷら散歩もして、といって基本的に住宅街だし、寒いしそろそろ帰ろうかなと思った矢先、珈琲焙煎の文字が目に入る。

 

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正直、賛否両論あろう中華屋さんで昼ごはんを食べ、やや否定派の私としてはコーヒーで口を浄化したい思いがあった。しかも、なかなかこだわっている雰囲気を醸し出している。

 

カフェではなく、珈琲豆焙煎専門店とのこと。ただ、試飲させてくれるらしい。

店名はquerstudio。

http://www.querstudio.com/querstudio/index.html

 

面白いことにドアの前で靴をぬいでスリッパに履き替える仕組みになっている。

店内には焙煎中のご主人お一人。珈琲の焙煎が好きで退職後に始めたお店とのことだ。

試飲としてグアテマラの珈琲をいただく。

 

せっかくなので何か豆を焙煎してもらおうと思ったのだが、一番好きなケニアの豆を品切れだそう。ケニア産であれば何でもいいということであれば、すぐに入荷できるそうなのだが、ご主人が納得いく質の豆がなかなかないそうなのだ。それゆえに品切れ。比較的酸味があり、フルボディな豆ということで、代わりにコロンビアの豆をいただくことにした。

 

ガス焙煎機で15分ほどつきっきりで焙煎するそうだ。その間珈琲を試飲して待つ。

 

ガス焙煎機の音が部屋を包む。自動の焙煎機があるそうだが、ご主人のこだわりは自動焙煎機の使用を許さない。

 

我が家にはグラインダーがない。その旨を告げると特別にお店で挽いてくれるとのこと。しかし、その顔はとても悲しそうである。

 

それもそのはず、豆は挽いてしまうと酸化が進んでしまう。ご主人の例えによると、吹きさらしの中で容器に入れずに寿司を持ち帰るようなものだそうだ。 それではあっという間に味が落ちてしまうことが容易にわかる。ご主人は今日は試飲だけでいいとおっしゃってくれたが、そこまで力説されれば、グラインダーを自分で調達しないわけにいかない。どうやら、今から私は珈琲の道をスタートすることになりそうだ。

 

コロンビアの豆を焙煎してもらい、200グラムで1250円也。

 

境木商店街の名物は地蔵尊にあやかった地蔵最中。それを買うはずだったが、私の手には焙煎されたばかりのコロンビアの豆。

 

飲むのが待ち遠しい。早くグラインダーを調達しなければ。この店のおかげで私の人生には楽しみがまた一つ増えた。 

 

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失われた地名と失うことのコスト、あえて変えたい心理

 

「鶴」と名のつく地名

「鶴」という名が地名に付いているからといって、そこが鶴とゆかりがあるとは限らない。

 

古代には水の流れているところが「水流」とよばれた。宮崎県には川水流などの表記をとる地名が残っているが、今日では「水流」に「鶴」の字があてられる場合も多い。

つまり、鶴のつく地名の多くは、ツルがいたことにもとづくものではなく、川のそばをあらわすものなのである(武光誠『地名から歴史を読む方法ー日本史の意外な真相が地名に隠されていたー』河出書房新社、2004年、59頁)

  

 

私が先に行った埼玉県鶴ヶ島市は鶴が来ることに由来するそうだが、上記のように武光氏によると、地名の鶴はしばしば「水流(つる)」に由来するそうだ。

 

mtautumn.hatenablog.com

  

川は生活に欠かせない水を提供し、他方で洪水のように害を及ぼすこともある。それゆえ、どこに川があって、その川がどのような特質を持つのかを地名に残すことで、誰もがその情報を共有できるようになる。

前に柳田國男を引用して書いたとおり、地名とは複数人の間での理解を可能にするための符号なのである。

 

 「地名とはそもそも何であるかというと、要するに二人以上の人の間に共同に使用せらるる符号である」(柳田國男『地名の研究』17頁)

 

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実際、全国には川にちなむ名前が多いそうだ。

落合、二俣、川合、河合、合川、轟、等々力、土々呂、長瀞、鶴間、鶴舞、平貝、中貝、鵜戸、福良、鯉川などがそうである。

貝は、海の貝ではなく、「峡」(かい)が転じたものだそうだ。福良は、川の水がたまった「袋」が変化。今日でも子供の名前に当て字的なキラキラネームが話題になっているが、なかなかどうして昔の人も知恵を絞っていい名前を考えだそうとしていたのである(武光、57ー59頁)。

 

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地名は残すべきか、それとも変えるべきか

しかし、時代の変遷とともに別の字が当てられて、本来の意味が消失することもある。

 

上の鶴と水流がその一例だ。

 

必要性がなくなって別の文字が当てられるのであれば問題はなかろうが、そうでないなら、貴重な情報源が失われてしまうことにもつながりかねない。

 

しかし、情報として重要であっても、それが洪水等の災害を連想させる名称の場合、その土地は人気が無くなるかもしれないし、すでに住んでいる人からしてももっと縁起のいい名前に変えたいと思うのが人情というものだ。

 

それゆえ、鶴といった縁起のいい名前が当てられるわけだが、情報としての必要性と自分が住む土地は素晴らしい場所であってほしいという願いとの間に大きなジレンマが存在するのである。

 

東日本大震災のとき、海沿いでもないのに、液状化現象が発生した地域がある。

 地名や古地図を紐解けば、かつてそこに沼などがあったことがわかったりするのであり、危ない地名を扱った本が出版されたりもした。

 

この地名が危ない (幻冬舎新書)

この地名が危ない (幻冬舎新書)

 

 

これは地名の重要性と安易な地名変更への警鐘といった含意を持つが、たとえそれが真実であっても危ないとされた地名に住む人にとってはまったく楽しくない話だろう。

 

持ち家であればそう簡単に売り払って他所に移り住むわけにはいかないし、危ない地名であることが判明して資産の価値が減ってしまうかもしれない。

 危ないと言われようが長年住んでいればその土地への愛着もあろう。

 

変わるからこそ地名探索の面白さも倍増するというものだが、地名は単に場所の識別性を示すだけでなく、人々の思いや価値観にも深く関わるからこそ、多様な地名が日本に存在するのだろう。

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まさに湘南〜茅ヶ崎訪問(2017年3月25日)〜

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今回は茅ヶ崎

今回は茅ヶ崎

この前の大船も自分の人生ゆかりの土地だったが、今回の茅ヶ崎もそうである。

 

茅ヶ崎は人口20万人を超える特例市である。地名の由来はいくつかあるようだが、海岸にチガヤがたくさん茂っていて、砂州が岬になっていたからというのがその一つである。

 

hamarepo.com

 

私の茅ヶ崎の思い出

私は幼稚園で二年間+小学校1年の合計3年間を茅ヶ崎で過ごした。約30年前のことである。

 

今でこそ茅ヶ崎サザンオールスターズやサーフィンといったオシャレタウンとして認知されているが、小学生の私はサザンを知っているわけでもなく、それに当時はそこまでサザンゆかりの街として茅ヶ崎も売り出していなかっただろうから、一時期とはいえ、自分がオシャレタウンで育ったという感じはしない。

 

お店に関する当時の記憶といえば、母親に連れられて行ったイトーヨーカドーダイクマくらいである。子供の生活圏などおよそそんなものであろう。

 

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イトーヨーカドーは健在であったが、ダイクマはもうなかった。

 

matome.naver.jp

 

イタリアンでランチを食べる

茅ヶ崎駅に来たのは約30年ぶりである。

 

南口の前を歩けば、オシャレで美味しそうなレストランが並んでいる。

 

はじめに行こうと思っていたこちらのお店は予約で一杯で断念。

 

食べログ、シェ・ヒャクタケ

https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140406/14003805/

 

歩いて3分ほどのこちらのイタリアンに変更。こちらも混んでいたが、幸いカウンター席が空いていた。

 

食べログ、パリエッタ

https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140406/14042144/

 

オシャレな店内に適度のガヤガヤ感。席に着いたお客さんが楽しそうにしている。いい店の予感がする。

 

頼んだのは猪のタリアテッレのコース。

 

前菜の盛り合わせ。けっこうな品数。個々のメニューの名前は忘れてしまったが、どれも美味しい。鯖のマリネやリエットのような動物性タンパク質の料理も美味しいが、けっこう野菜が美味しかったりする。どこの野菜だろうか。三浦も近いから、案外三浦野菜だったりするのだろうか。

 

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自分は猪のタリアテッレを食べ、相方から穴子のグリルを分けてもらう。タリアテッレは卵の練りこまれた麺が上手い。穴子は本当は方々だったのだが、今日は方々がもうないらしく、穴子となったのだが、香ばしく焼き上げれらた身にビーツのソースがよく合う。店員さん曰く、穴子には根菜のソースが合うそうだが、その言葉に偽りはなかった。付け合わせの野菜が相変わらず美味い。

 

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多少オペレーションに難があるのか料理がサーブされるのに時間がかかる気がするのでそこが改善されるとさらに良くなるのにと思いつつも、ここは茅ヶ崎に来たときに訪れるべきお店として推薦できる。

 

茅ヶ崎の地形

腹が満たされたので、街を散策するとしよう。

 茅ヶ崎駅前には観光案内所があって、ことりっぷ茅ヶ崎版が無料でもらえる。私が行ったときにはすでに全て借りられた後だったが、5台ほどレンタサイクルもある。

 

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地図を開いて地名を見る。幼少期の記憶からして、茅ヶ崎は平地というイメージがあったが、名前から推測するに高地や窪地を連想させる地名が多い。松ヶ丘や旭ヶ丘、十間坂など。

 

ランチ後、コミュニティバスで海に向かう。丘のつく地名をバスが通るが、さほどの高低差は感じない。もっとも物理的な高低差はさほどなくても地元の人だからこそわかるわずかな違いもある。以前のブログにも書いたとおり、物理的な高低差はあまりなくともわずかな窪地であれば、雨の日にそこに水がたまり、地元の人がそこに窪地があることを認識し、それにちなんだ地名をつけたりする。

 

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実際に国土地理院のウェブサイトで地形図を見ると、確かに丘や坂のつく地名の周辺はやや高地になっているように見える。

 

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maps.gsi.go.jp

 

正解は調べてみないとわからないが、全国の市を制覇する目的を掲げ、地名に関する本を読んだりしただけでも、地図を見る楽しみが増えた。

 

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↑ 海の近くに引退した(?)コミュニティバスが展示されていた 

 

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海岸を歩く

海に着く。左手には江ノ島、正面には烏帽子岩、右手には伊豆半島が見える。天気が良ければ富士山も見えるだろう。

 

海水を浴びるにはかなり肌寒い気温だったが、海はとても気持ちがいい。

 

西に向かって歩く。砂浜は足を取られて歩きにくいが、とはいえ、何歳になっても砂浜を歩くのは気持ちがいい。普段ビルに囲まれた暮らしをしていると、遮るもののない大海原というのはとても爽快である。海は楽しい。

 

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↑ マンホールに烏帽子岩 

 

 

f:id:mtautumn:20170326091557j:image ↑ 願いが詰め込まれすぎなんじゃないかと思われるモニュメント。モニュメントも荷が重かろう 

 

茅ヶ崎に住んでいた頃は海に近い借家だったので、よく海岸で遊んでいた。当時の記憶はおぼろげであるが、地曳き網イベントもあったことを覚えている。そのときはたくさんのシラスが取れた。シラスは湘南名物。そもそもなんのイベントで地曳き網をやったのかまるっきり記憶がないのだが、シラスがたくさん取れるとはさすがは湘南の海である。得物のシラスをたくさん家に持ち帰ったが、美味しいとは思ったものの子供にはそこまでテンションの上がるものではなく、なんかちっちゃい魚がたくさん取れたなぁ、くらいの記憶しか残っていない。

 

今なら取れたてシラスを食べられるなんて、これ以上の幸せはあるだろうかと声を上げて喜んであろうに、子供とはつくづく罪な生き物である。

 

そんな回想をしながらしばし歩くと、サザンビーチの近くのカフェがあった。こじんまりとしたカフェでテラスもある。今日の気温ではテラスは寒いので店内にしたが、店内からもオーシャンビューという絶好のロケーション。私はフォカッチャ、相方はワッフルを食べたが、ロケーション頼みかと思いきや、けっこうちゃんと美味しい。オシャレな内装、最高の眺め、美味しいご飯、三拍子揃ったカフェだった。

 

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retty.me

 

日帰り温泉施設

茅ヶ崎駅周辺には日帰り温泉施設が二ヶ所あり、いずれも駅前から無料送迎バスが運行されている。

そのうちの一軒で歩いて疲れた身体を癒す。

 

www.yukaisoukai.com

 

軽く食事を食べて帰路につく。

 

今日のお土産

さて、 今日のお土産は茅ヶ崎駅南口で見つけたオシャレなパン屋さんで買ったパン。こんなパンまで買えるなんて、茅ヶ崎は本当にオシャレな街であった。

 

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今日のブログで何回オシャレという言葉を使ったことだろう。他の言葉が思い浮かばない自分の語彙の少なさもあろうが、とはいえ確かに茅ヶ崎はとてもオシャレな街だったのである。

 

nanosh.net

 

さて、次はどこへ行こうか。

  

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