全国すべての市を制覇する旅に出た猫

日本にはたくさんの魅力ある市があるにもかかわらず、なかなか探訪する機会がないので、コツコツ全国の市に訪問してみようと思いました。このブログはそんな訪問の記録。

スポンサーリンク

【番外編】絶海の孤島、東京都青ヶ島村に行く(2017年8月21日ー23日)〜青ヶ島滞在編①〜

 

 60年前までミコさんが現役だった島

アクセスの難しい秘境として最近徐々に注目される青ヶ島。そんな秘境感を示すエピソードをひとつ。

 

よく青ヶ島は、神様の多い島だという。舎人(男子)とミコは、島の公私のあらゆる信仰行事に参加し、島民の生活万端にわたって、つよい影響力をもっている。

(中略)

青ヶ島のミコは、ある場合には公職的な祭祀者であり、またある場合には南島のユタのように、個人的な祈願呪術なども司どる。島の人たちのすべての分野にわたって、ミコは重要な立場にあるといえる。すべての行事が同一であるとさえいわれる八丈島と比較しても、このミコの機能という一点についてだけは、いちじるしい違いが見うけられる。

これは、すでに伊豆の島で消滅してしまった民間信仰の、そのもっとも原初的な形式が依存されているものか、あるいは絶望的な、といっていいくらい孤立した立地条件のゆえに、特殊な信仰形式が生じたものであるか、これから考えてみなければならない重要な問題のひとつであろう。とにかく、ミコがこれほど島の生活に重要な意義をもっている例は稀である (下記書、166-167頁)

 

離島生活の研究 (1975年)

離島生活の研究 (1975年)

 

 

地元の人や研究者から見ればどう映るのかわからないが、少なくとも私のようなフツーの観光客が訪れる限り、ミコさんが大きな影響力を振るった頃の面影はない。本書の調査は1950年前後に実施されたそうだから、その後の60年から70年の時代の経過によって島の生活も大きく変わったのだろう。かなり昔まで遡れば青ヶ島に限らず、日本各地にミコさんの影響力が大きかったコミュニティがあっただろうから、その意味で青ヶ島には日本の原風景が残るともいえそうだ(もっともミコさんカルチャーと言っても様々なタイプがあっただろうから簡単には一括りできないに違いない)。

 

 青ヶ島に上陸す

欠航率50パーセントとも言われるフェリーながら、奇跡的に穏やかな海に助けられて何の苦もなく青ヶ島に上陸。拍子抜けするほどあっさりと上陸できたが、そのお陰で美しいブルーの海を拝めることができた。幸先よし。 

 

mtautumn.hatenablog.com

 

青ヶ島の港からレンタカー会社までは遠いので、おじさんがレンタカーを港まで運んできてくれるシステム。レンタカー会社も宿もみな集落にあるが、車で20分、歩けば1時間かかるため、宿からはレンタカーの予約を勧められる。

 

f:id:mtautumn:20170917150943j:plain

↑クルマは品川ナンバー

 

青ヶ島の港に着いたのは昼の12時前。気温は約30度の快晴。東京都とはいえ青ヶ島はもはや熱帯。真夏の日差したるや相当な強さであって、港に立っているだけでジリジリと肌の焼ける音が聞こえんばかりの暑さである。港には日差しを遮るものが何もない。と思っていたのだが、港からちょっと坂を上がったところに船の待合所があり、そこに行けば日差しを遮れるのであった。

 

出張で東南アジアに行くこともあるが、到着するのは国際空港で、そういった東南アジア諸国の空港はODAで建設されていることも多く、近代的で冷房も効いている。したがって、熱帯の東南アジアに降り立っても灼熱の太陽に肌を焦がされるなんて思いをすることはまずない。

それにゆり丸の船内はガンガンに冷房が効いていて、むしろ寒いくらいであったから、青ヶ島の真夏の太陽には正直面食らった。暑かった。熱気の檻に入ったかのようであった。

 

港からひんぎゃ、そして集落へ

集落へはレンタカーのおじさんが先導してくれる。途中「ひんぎゃ」と呼ばれる地熱を利用した施設を紹介してくれた。ひんぎゃとは水蒸気の噴出する穴であり、青ヶ島を紹介する雑誌、テレビ、ブログ等でほぼ必ず紹介される。暖房として使っていた時代もあったようだが、平たく言えば地熱を利用した蒸し器といったところだ。ひんぎゃには地熱窯があり、そこに食材を入れて数十分待てば蒸し料理の出来上がりというわけである。

 

火の際(ヒノキワ)が語源となっている「ひんぎゃ」。池之沢地区では、島言葉で「ひんぎゃ」と呼ばれる水蒸気の噴出する穴が無数に見られます。電気がない時代に、暖房や調理にひんぎゃを利用していました。

 

見どころ・遊びどころ | 青ヶ島村ホームページ

 

f:id:mtautumn:20170917151304j:plain

 

f:id:mtautumn:20170917151321j:plain

↑こちらは到着日に村唯一の商店で買ったウインナー、じゃがいも、たまごを茹でる図 

 

f:id:mtautumn:20170930153944j:plain

↑こちらは今回宿泊した「ビジネス宿中里」さんが用意してくれたひんぎゃ弁当。ホイルに包まれたのは魚(種類は忘れた)

 

 

青ヶ島はとても小さな島だ。それほど訪れるべき観光スポットがあるわけでもない。それゆえ観光客同士よく出会う。ひんぎゃはその中でも遭遇率の高い出会いの場(?)である。そもそも青ヶ島にはランチを出来るような飲食店がない。宿が一日三食用意してくれるが、ランチはひんぎゃ用お弁当だったりする。したがって、観光客はお昼を食べるためにひんぎゃに行かなければならないというわけである。ひんぎゃには日差しを遮れ、テーブルが置かれた小屋的なものがあるので、そこでひんぎゃで蒸したご飯を食べるわけだ。一つ屋根の下、隣に座る他の観光客の方々との会話が生まれたりもする。旅先での出会いを大事にする人にとっては楽しい時間を過ごせることだろう。

 

ひんぎゃは丸山(内輪山)と呼ばれる島の内側のカルデラの麓に位置する。ひんぎゃには地熱釜のほかに地熱を利用したサウナもある。

が、このひんぎゃ、サウナなんて要らないくらい暑い。熱帯であるうえに地熱あり。さらに言えば内輪山は外輪山に囲まれたいわば盆地的地形。照りつける太陽、地面からは地熱、そして熱を逃がさない盆地構造、これでもかというほど暑さを倍増させる諸条件がそろう。サウナ不要なほど暑い。特に日差しの下は。塗った日焼け止めは汗によってすぐに落ちた。そしてとても焼けた。肌を焼きたくなくば、日焼け止めは念入りに。

 

時間的には外輪山に登ることもできたが、強烈な日差しでけっこう疲れたので、この日はこれで宿で休むことにした。実際、青ヶ島八丈島での夏休みを満喫するためにその前の週に仕事を目処をつけようとして働いたら、睡眠時間が削られてしまいそもそも到着時点でその疲れが抜け切れてなかった。

青ヶ島の夏は暑いし、絶景は炎天下の中を歩いた先にある。なので、青ヶ島に来る前にはしっかり体力を温存することをオススメする。よく遊ぶためにも体力は必要ということが身にしみてわかった。 

 

若干の後悔と寄る年波には勝てないという敗北感を胸に、私は宿泊先である「ビジネス宿中里」さんに向かった。

 

ビジネス宿 中里【 口コミ・宿泊予約 】- トリップアドバイザー

 

 

f:id:mtautumn:20170917151533j:plain

 ↑ひんぎゃ近くの遊歩道から内輪山の展望台に行ける。ただ、青ヶ島の特徴は二重カルデラ。内側のカルデラである内輪山からだと、ここが青ヶ島なのかどうかは判別しにくい。でも、景色はとてもキレイ。

 

f:id:mtautumn:20170917151551j:plain

 

f:id:mtautumn:20170917151618j:plain

↑村唯一の商店の前で寝るネコたち

 

 

f:id:mtautumn:20170917151755j:plain

↑グーグルマップで示される最短ルートは現在使用できない。村道もグーグルマップには反映されていないため、グーグルマップがやや使いづらい。

 

 

f:id:mtautumn:20170930154934j:plain

 

スポンサーリンク

 

 

スポンサーリンク