全国すべての市を制覇する旅に出ます

日本にはたくさんの魅力ある市があるにもかかわらず、なかなか探訪する機会がないので、コツコツ全国の市に訪問してみようと思いました。このブログはそんな訪問の記録。

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もっと柔軟に楽しめればよいのでは?

 

 

旅において温泉は大事 

旅行において何を楽しみにするかは人によって異なる。観光地をたくさん訪問したいと思う人もいれば、ローカルなグルメを味わいたいと思う人、その土地でしか体験できないアクティビティを求める人もいよう。

このように旅行の楽しみは数あれど、日本国内をあちこち行くのであれば、温泉はけっこう重要なポイントなのではないか。実際、これまで私は訪問した市でけっこう銭湯やスーパー銭湯に行っている。というか、ほぼ必ず近場にそういった施設がないか探している。熱海をのぞけば温泉らしい温泉には入っておらず、銭湯やスーパー銭湯に偏ってはいるが、これから先にあちこち訪問する中で温泉にもいろいろ入りたいと思う。

 

ということもあり、今回は今後の温泉選びの参考になるかと思い石川『本物の名湯ベスト100』を読んでみた。

 

本物の名湯ベスト100 (講談社現代新書)

本物の名湯ベスト100 (講談社現代新書)

 

 

温泉の客観的評価? 

筆者のスタンスは「客観性」だ。筆者は先行する温泉本に対して以下のような不満を抱いているとのこと。

 

  • 多くが温泉地選びというよりは、温泉宿選びに偏っていたこと
  • 温泉セレクション本がいったい、どのような客観的な基準、説得力ある根拠をもって選んだのかわからないこと
  • 肝心の温泉そのものにかかわる基本データすらきちんと記載されていないこと

 

まぁ、わからないでもない。全ての温泉本に必ずしもデータが掲載されているわけではない(というか、泉質のデータなどは基本的に同一だろうからデータによっては全ての温泉本に掲載する必要はないかもしれない)。

 

さて、客観性を標榜する筆者が温泉を評価する上での評価基準は以下の5つである(13頁)。

 

 

本書では、温泉地を評価する客観的な指標を、次のように五つ設定した。

 

I 源泉そのものを評価する指標

II 源泉の提供•利用状況を評価する指標

III 温泉地の街並み景観•情緒を評価する指標

IV 温泉地の自然環境と観光•滞在ソフトを評価する指標

V 温泉地の歴史•文化•もてなしを評価する指標

 

ここで悩ましいのは、これって客観的に評価するのは難しいんじゃない?という指標が割に含まれていることだ。どういった条件が満たされれば客観性が確保されるかはいろいろな基準がありそうだが、その一つとしては、誰がやっても同じ方法を用いれば同じ結果がもたらされると期待できることではないか。

 

仮にそうした場合、筆者の揚げた5条件を用いればみなが同じ結果にたどり着くかといえばそんな気はしない。筆者の100位の順位*1は、結局のところ、いい温泉として衆目一致する温泉ばかりだから、まぁ、結果に異論はないが、それでも順位付けをめぐっては喧喧諤諤の議論がありえよう。

 

どうしてこうなるかといえば、5条件のうちいくつかが主観性が排除できないこと、そしてそもそもなぜにこの5条件でなければいけないかがよくわからないからだ。

 

たとえば筆者は「旅館風懐石料理」や「部屋付き露天風呂がある」といった項目で温泉旅館は評価しないという立場だ。しかし、なぜにこれらを基準に含めていけないのだろうか?温泉地に行けば旅行に泊まることは多い。である以上、温泉を楽しむうえで旅館は切っても切り離せない関係にあるのではないか?明らかに筆者は星野リゾートなんかはキライそうだが、別にいいじゃないか星野リゾートを楽しんでも、と思うのだ。

 

温泉は自分の好きに選べばいいのだ

別に筆者の基準が悪いと言いたいわけではない。そこが問題なのではなく、筆者が根拠なき「客観性」を標榜して、このような基準であるべき、という押し付けをしているような気がしてならないからだ。確かに客観的(量的)分析のほうが恣意的でときとして曖昧に見える質的な分析よりもカッコよく見えてしまうのはよくわかる。

 

とはいえ、評価基準を無限に選べるわけではなく、結局いくつかの評価基準を選ばざるをえない。評価基準の抽出基準が不明確である限り、出来上がった分析も恣意的なものにならざるをえない。少なくとも筆者はそこまで考えているようには見えない。

筆者は評価基準を明示することを客観性と捉えている節があるが、それは客観性ではなく透明性であって、明示しても基準自体が客観性を確保できないものであれば、それに基づいて決められた順位も客観的ではありえない。

 

たとえば、わたしが好きな女性について語るとして、Aさんがいいと言ったとして、その基準は明らかにしなかったとする。他方、わたしがルックスと性格とスタイルを重視すると公言して、そのうえでその条件を満たす女性としてAさんを選んだとする。

 

これによって、わたしが何を重視して女性を選ぶかは明瞭になるわけだが、別に明瞭になったところで、ルックスや性格、スタイルだけで選ぶというのはあくまでわたしの都合で評価基準を選んだだけであり、さらに各指標も誰しもが同じ結論に至るような客観的な評価方法ということにはならない。

 

別に筆者の独断の評価でもいいのだ。たかがどこがいい温泉かを議論するくらい。ただ、筆者の基準はやはり石川流基準であって、客観的な評価ではない。いいではないか、温泉旅館を評価に入れるなんて曖昧だ〜なんて上から目線で批判しなくたって。温泉は当人が楽しめれば十分。それゆえ、客観的基準だなんて大上段に言わず、わたくしは温泉をこう楽しむとだけ言えば十分なのである。

 

もっとも、一つの本の評価基準にここまで噛み付くお前が一番無粋であると言われてしまいそうだ。。。

*1:一位から順に、草津温泉別府温泉湯の峰温泉野沢温泉蔵王温泉といった具合になっている

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