1.大船が市でなかったなんて
今回訪問したのは鎌倉市である。鎌倉市といえど、降りたのは大船駅。
私は大学に入るまで横浜市の戸塚区に住んでおり、最寄駅の東戸塚から逗子にある中高一貫校に通っていた。
ときは1990年代後半。この頃にこの界隈で横須賀線ないし東海道線を使っていた人なら理解してくれるのではないかと思うのだが、大船が鎌倉市の一部というのはけっこうな驚きなのである。大船はずっと大船市だと漠然と思っていた。
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なぜかといえば、逗子と東戸塚の間で最も駅前が発展しているように見えたのが大船駅だったからである。特に駅に直結したルミネの存在がその勘違いを助長したように思う。当時の戸塚駅は今のように再開発されていなかったし、東戸塚駅に西武やショッピングモールはなかった。
↑私を勘違いさせた元凶のルミネ(私が勝手に勘違いしたのが実情だが)
それに何より大船駅のプラットホーム数が多い。10番線まであり、東海道線、横須賀線、根岸線(京浜東北線)、横浜線が停車する。湘南モノレールにも乗り換えられる。大船はちょっとしたターミナル駅であり、その点も他の沿線駅と一線を画す。
駅のプラットホームが多い=拠点=都市という安易極まりない類推により、私は長らく大船を市と勘違いしていたのである。
実際は鎌倉市の北の端っこであり、いざ降りてみれば、鎌倉とはだいぶ雰囲気が異なる下町情緒に溢れる街である。
高校生ぐらいで訪れるのはせいぜいファーストフードとゲーセンくらいである(もっとも当時の私は家に帰ってプレステをやることを人生の最優先としていたため、大船に立ち寄ってゲーセンはおろかファーストフードに行くこともあまりなかった)。
雰囲気ある飲み屋があったり、オシャレなビストロがあったり、散歩にちょうどいい湖畔があったり、大人になって訪れてみれば、むしろ今のほうが大船の魅力がわかる。
それに今はもう社会人だ。微々たるものとはいえ稼ぎもある。お金を(さほど)気にせずに好きなものを食べられる。大人になった私に大船で恐れるべきものは何もない。観音さまの慈悲深い眼差しに見守られて、私は大船駅に降り立った。
2.大船で正しい定食を食べる
さて、時間は昼の13時前。早速ランチといきたいわけで、事前に検索した地魚を出す回転寿司「豊魚」に行ってみることにした。一階は魚屋でその二階が回転寿司らしい。
途中雰囲気のある店を通り過ぎ、魚屋の階段を登るとすでに多くの待ち人が。名前を書いて待つシステムだが、店員さんに聞いてもどれくらい時間がかかるかはわからないという。
↑雰囲気満点のお店を通り過ぎ
待つかどうか迷ったが、ふと思い出すのがさっき通り過ぎたあの雰囲気のある店。
豊魚は諦めてそちらの店に行くことにする。
店名は「観音食堂」。大船らしいストレートなネーミングだ。観音様のご加護からか某グルメサイトの点数もとても高い。
食べログ「観音食堂」
https://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140401/14002799/
観音食堂も店内はお客さんで一杯で外で待ってる人もいたが、豊魚ほどではない。店内の雰囲気も清く正しい飲み屋といった雰囲気でとてもそそる。こちらのお店で待つことにする。
待つこと10分足らずで、席に着くことができた。
店内には多数のメニューを書いた札が掲げられている。テーブルにもメニューが置かれているが、膨大な数のメニューだ。多すぎるメニューは人を混乱させてよくない。こんなに魅力あるメニューをたくさん用意されては、候補を絞り込むことさえ簡単ではないのである。他のお客さんは簡単に決断できているのだろうか。
↑それぞれ裏面にもメニュー。さらにこれに載っていないメニューが壁の札にかかっているから油断できない
逡巡することしばし、小柱かき揚げ定食と刺身盛り合わせを頼むことに決めた。
昼過ぎだというのに、地元の酔客で一杯だ。カウンターのご年配の紳士たちが政治談義に花を咲かせている。 なんとも粋な店だ。
小柱かき揚げ定食が到着。衣厚めで三つ葉を効かせた庶民派かき揚げである。
↑写真だとかき揚げが一つにしか見えないが、実際は二つ
かき揚げと天ぷらには大きく二パターンあるように思う。一つは高級天ぷら店で一つずつ揚げては供される衣薄めでさっくりした芸術的な天ぷら。もう一つはややフリッター的とでも言うか、少し衣厚めの天ぷら。私の勝手なイメージかもしれないが、後者は街中にあって安く気軽に食べられる年季の入った食堂的なお店でよく出される感じ。
どちらが好きかは完全に好みの問題だが、同時に大事なのはお店の雰囲気とマッチしているかどうかだ。
かんのんの雰囲気は完全に庶民派天ぷらが良く似合う。やや油を吸ったかき揚げをつゆに浸して食べる。こういうかき揚げにはやはりつゆだ。ご飯が進む。正しい完璧な定食である。
刺身盛り合わせは、マグロ赤身、青柳、甘エビ、ホタテ、コハダなり(たぶん)。新鮮で美味しい。
酒を飲んでる人が多いため、店の中にいるとまだ昼過ぎであることを忘れてしまう。勘定を払いお店を出て、まだ昼過ぎであることを再確認する。現実に戻った感じだ。正しい定食を食べ、何かとても正しいことをした気分になる。
腹ごなしも兼ねてしばし歩く。
大船にはかつて松竹の撮影所があった。今もところどころにその名残がある。
東京や神奈川の開花も近づいているが、小川沿いの桜はまだ蕾の段階にもきていない。桜が咲けばさぞきれいな桜並木であろう。
↑18禁のソメイヨシノ
桜祭りは4月1日。ちょうど満開の頃かもしれない。桜の開花時期は天候に左右されるから、いつ開催するかはある種の博打だ。早すぎると咲いていないし、遅いと葉桜になってしまう。
3.鎌倉湖。最高に穴場の散策スポット。そして最恐の。。。
のどかな住宅地を歩く。ふとバスに乗ってみようと思った。折しも交差点にはバスが信号待ち。行き先は「鎌倉湖畔」となっている。これはなんとも魅力的な行き先ではないか。
というよりもそもそも鎌倉に湖があることをまったく知らなかった。ちょうどバス停もすぐそこにある。迷わず乗ってみることに決めた。
バスの運転手さんに鎌倉湖に行きたい旨を告げると、今泉不動で下車するとよいと教えてくれた。どうやらそこから鎌倉湖の公園に行けるらしい。
公園名は散在が池森林公園という。鎌倉湖というのは俗称らしい。
鬱蒼と茂る木々。ほとんど誰もいないと言ってもいいほどの人気のなさ。そのわりに整備された遊歩道。穴場である。これだけ整備された遊歩道なのだ。もっと使ってやればいいのにと思う。それほどまでに人がいないのだ。確かに大船駅からバスを使わなければならないから、アクセスが容易とはいいがたい。それゆえ、基本的には近所の人が散歩に来るのがせいぜいといったところなのだろう。
湖を一周できるわけだが、コースとしてはのんびり小道コースと馬の背コースの二つがある。二つといっても一周できるコースが二つあるという意味ではなく、湖の反対側に行けるコースが二つあるという意味である。そのため、一周するためには両方のコースを行く必要があり、もしくは来た道をそのまま戻る、または湖の反対側にある出口から出るという行き方がある。
とはいえ、湖と言いながら実際は池程度の大きさで、のんびりコースが800メートル、馬の背コースが700メートル、合計しても1500メートル程度だ。往路をのんびりコース、復路を馬の背コースにすることにした。
木々が茂り、本当に山の中といった感じだ。湖の反対側に座って休めるちょっとしたスペースがあった。そこで通りすがりのおじさんと出会い、しばし会話をする。なんでも隠れたイワタバコの穴場らしい。花に疎い私はイワタバコと言われてもすぐにはイメージできなかったが、どうやら薄紫色の花のようだ。
復路は馬の背コースだが、これが思いの外アップダウンがきつい。馬の背というよりもラクダの背といったほうがふさわしい。わずか700メートルの間に階段を登ったり降りたり。これは間違いなく翌日筋肉痛コースだ。前方から来たご老人が、こりゃかなりきついとこぼしている。いや、まったくその通り。途中ランニングする人ともすれちがったが、短いながらこのコースでトレーニングをしていれば、悪路を物ともしない強靭な肉体が出来上がるであろう。
無事にスタート地点に辿り着いた。鎌倉湖に別れを告げてバス停へ。大船駅までのバスは20分程度であったが、私はあっという間に眠りについた。
で、後日談なわけだが、鎌倉湖とはいかなる場所なのか調べてみると、どうやら神奈川県有数の心霊スポットらしいのだ。むぅ。。。
しかも湖を一周すると不幸が訪れるというオマケもついているようだ。もうすでに一周してしまっているので、今更帳消しにはできない。噂がデマであることを祈る。
木々に囲まれて湖もあるという立地で、散策コースとしては完璧。それにもかかわらずほとんど人がいないわけで、それだけ穴場の散策コースといえるわけだが、同時にほとんど人がいないわけだから、事故があってもすぐには発見されなかっただろう。心霊スポットになってしまうのもわからなくはないと思った。
4.帰還
大船駅前のホテルメッツに併設されている「白ヤギ珈琲店」で一服。
頼んだのはドリップコーヒーとフライドポテトであったが、疲れていたためか、写真を撮り忘れ。最近できたのかとても綺麗なカフェであった。
伝承鯵の押し寿司は普通の押し寿司より300円ほどお値段が高めの押し寿司。小鯵の身を贅沢に使った商品とのこと。
鮮度の高い極上の旨味のある小鯵、その小鯵からわずか2切れしか取れない身を伝統の合わせ酢でしめ押寿しにしました。
こういう疲れたときには酸っぱいものがいい。高校生くらいだと押し寿司に大して魅力を感じないものだが、大人になって食べると、この酢で〆た具合がたまらなく美味に感じるのである。これも大人になった証だろうか。
鎌倉市にありながら鎌倉とはまったく異なる下町情緒を育む大船。この街の魅力が分かるようになったのは、それだけ自分が大人になったからなのだろう。
商店街には他にもそそられるお店がたくさんあった。近いうちにまた来ることになるだろう。
この日はノスタルジーと成長を両方感じられた日であった。
さて、次はどこへ行こうか。
5.鎌倉データと地名由来
・鎌倉市人口:172,256人(2017年2月1日現在)*1
・鎌倉の地名の由来はいくつかあるようです*2
①屍(かばね)+蔵(くら)=かばねくらーー>かまくら
②鎌(鎌槍)ーー>かまくら
③かまど(鎌はかまどの意味)+倉(谷の意味)=地形がかまどのようであり、一方が開けて倉のようーー>かまくら
などなど
・大船の地名の由来*3
「昔は粟積み船が出入りしていたと伝えられ、「粟船」と書いて「おおふな」と読んだと言われています」
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