全国すべての市を制覇する旅に出ます

日本にはたくさんの魅力ある市があるにもかかわらず、なかなか探訪する機会がないので、コツコツ全国の市に訪問してみようと思いました。このブログはそんな訪問の記録。

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識別性+愛=珍地名??

 

地名とは何か

 「地名とはそもそも何であるかというと、要するに二人以上の人の間に共同に使用せらるる符号である」(柳田國男『地名の研究』17ページ)

 

 

地名の研究 (講談社学術文庫)

地名の研究 (講談社学術文庫)

 

 

では、その符号はいかなる基準によって決定されるのか?

 

地名は我々が生活上の必要に基いてできたものであるからには、必ず一つの意味をもち、それがまた当該土地の事情性質を、少なくともできた当座には、言い表していただろうという推測である。官吏や領主の個人的決定によって、通用を強いられた場合は別だが、普通にはたとえ誰から言い始めても、他の多数者が同意をしてくれなければ地名にはならない。(中略)よほど適切に他と区別し得るだけの、特徴が捉えられているはずである(75ページ)

 

 

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性器と地名ときりたんぽ

そう、地名には他と区別できる識別性が必要であり、その識別性を用いることへの他者の明示的、暗黙的な同意が必要である。

 

よほどの権力者でない限り、自分勝手な思いつきで地名を決めることはできない。今日の九州の福岡市にゆかりの地の福岡(今日の兵庫県)の名を黒田長政が付けられたのは、彼が殿様だったからに他ならない。

 

mtautumn.hatenablog.com

 

地名命名の基準も様々で、女性器を語源とする地名さえある。

 

昔の人の感情は驚くべく粗大であった。羞恥と言う言葉の定義が輸入道徳によって変更されらたまでは、男女ともにおのおのその隠し所の名を高い声で呼んでいたらしい。しこうしてその痕跡を留めているいる地名のごときは、よほど起源の古いものと見てよろしいのである。これも海岸において往々遭遇するフトまたはフットと言う地名は、疑いもなくホドすなわち陰部と同じ語である(162ページ)

 

該当する地名としては、富土、風土、富津、布都、保土ヶ谷などが挙げられる。

 

「サヨナラ、きりたんぽ」は炎上の末、タイトル変更の憂き目にあったが、日本各地にはきりたんぽどころではなく、露骨に性器から名前を付けてしまった地名がある。

 

性器を連想させる名前は下品で、きりたんぽへの冒涜というのが「サヨナラ、きりたんぽ」への苦情の主たる理由だが、性器を連想させる名前はけしからんという意見は、そのまま保土ヶ谷への挑戦状であるともいえる(いや、いえないか)。

 

もっとも古代は陰部を下品なイメージでは捉えていなかったのかもしれない。古事記に載るオオゲツヒメ大宜都比売)は尻から食材を出す。それが汚いとしてスサノオに殺害されてしまうわけだが、彼女の陰部からは麦が、尻からは大豆が生まれたわけで、汚いというイメージもあった一方、生命や豊穣をイメージさせる場所でもあったのだ。実際、新たな生命を生み出す器官である。

 

オオゲツヒメ - Wikipedia

 

時代が変われば、考え方も変わる。

 

 

さて、それはさておき。。。

 

今日の新地名命名がモメるのは日本が民主主義国になったことの証左ともいえる。地域の実情を無視して珍地名を付けようとすれば、住民はおろか、日本各地から非難の嵐となる。かかわるアクターが増えれば、それだけ多数の意見がぶつかるから命名プロセスも複雑化するだろう。

 

民主主義でなくても、地名の決定は大変だったにちがいない。急いで決めなければならないこともあったろう。朝廷が、幕府が、大名が、守護が、地頭が、領主様が、御意見番が、なんらかの決まりをつくったり、領地争いを調停しなければならなかったとする。明確な地名がすでに存在してればよい。しかし、そうでなければ、その場で決めなければならないかもしれず、そうしたら、複雑な名前を付けるのは無理で、すでにある地名に東西南北や大中小、上中下、数字をエイやっと追加して名付けてしまったこともあるだろう。争いがあれば、円満解決のため、あえて縁起のかついで瑞祥地名をつけたこともあったやもしれない。

 

知識の向上と愛は珍地名を生む?

知識や参考にできる情報が増えればそれだけ新たな地名が増えると思われる。最近ユニークな珍地名が出てくるのは、昔と違って、われわれは多くの情報を収集し、それを理解できるだけの能力と手段を得たからではないだろうか。

 

昔の人は読み書きそろばんができない人も多く、テレビやインターネットもなかったから、興味関心は日常の生活空間に限られた。一部の知識層を除けば、古代・中世・近代の一般の人々は海外でどういった地名があるとは知らなかったから、当然に海外地名を参考にして自分の住む地域の名前を付けることはできなかった。海外どころか日本国内であっても、たとえば江戸時代であれば、一般の人が他藩の地名を知る機会はあまりなかったし、そうする動機も必要性もなかったであろう。

 

生活空間内での識別性で十分であれば、他藩と同じ地名がかぶったとしても困らない。多くの地域住民が地域外に移動することがないのであれば、他藩で同名地名があろうと、地域内での識別性さえ担保されていれば十分だ。多くの人は他藩に同じ地名があるとは知らないまま、そしてそれで困らないまま生涯を終えるのである。

 

でも今は違う。誰もがほとんどコストをかけることなく他の都道府県でどのような地名があるかを知ることができる。市町村合併で新地名を付けたいと思っても、他県に同じ地名があれば、後発組がその名を採用することは難しい。

 

それに今では多くの人が外来語を知ることも理解することもできる。参考にできる情報が増えれば、それを応用してみたいと思うのが人情である。しかも外来語のほうがかっこいいとされている。地名に取り入れてみたいと考える人が現れるのは当然だ。

 

他県の動向を知ることができれば、そこに競争も生まれよう。あそこの県がユニークな名前をつけた、じゃあ、うちも負けずに!というわけだ。

 

参照できる基準が増えたことが現在の珍地名ブームの背景にあると思う(キラキラネームも同様のメカニズムだろう)。

 

地名を軽視しているから、変な地名をつけるわけではない。他とは違う立派な名前をつけたいと気張るからこそ、意図せずして変な地名が生まれるのだ。他を知ってしまった以上、生半可な名前はつけたくない。地域を愛しているからこその暴走なのだ。

 

知らなければよかったのかもしれない。知らなければ王道の名前をつけたのかもしれない。知らぬが仏とはよく言ったものである(ちょっと意味は違うが)。

 

mtautumn.hatenablog.com

 

あまりに地域の歴史や実情にそぐわない名前をつけると、滑稽に思われたり、どこの地域を指してるかわからなくなり利便性が損なわれたりするから、地名の命名は慎重に行うべきだ。

 

とはいえ、他に地域の動向を知れば知るほど、うちも負けずに!という気持ちは何やらとても人間的で微笑ましくもある。いつの時代だって、縁起や個性は大事にされたハズだ。かつてであれば、それが当時の先進地域であった中国の地名や故事、「ホド」のように人間の生命力をイメージさせるものだったのであり、他県や他国のことを知ることができるようになった今日では、それが欧米の言語や新奇性を狙ったものになったのではなかろうか。

 

他と識別する、いや、他と識別したいという熱い想いが地名命名の根源的なエネルギーなのだろう。そして時として、愛は悲劇的な結末を迎えるのである。

 

 

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地図を使う?それとも使わない?ー大沼一雄『地図のない旅なんて!』ー

どのような旅を理想とするか。大いに意見がわれそうだ。

 

まず大きく、事前に綿密に計画して旅に臨むか、それとも計画を立てずに気の向くままにその場その場で行き先を決めるかでわかれよう。

 

事前計画派はそのほうが訪れるべき価値ある場所を効率的に回れると言うだろう。事前にしっかり調べておけば、後で、あ〜、あそこも行っておけばよかった〜みたいな後悔は避けられる。

 

他方、気の向くまま派であれば、当てもなくふらふらしたほうが偶然の出会いやガイドブックに載っていない自分なりの発見や気づきを得られると言うだろう。ガイドブックやネットで手垢のついている場所に行くなんておもしろくないじゃんって人もいるかもしれない。

 

事前にどこまで計画を立てたり資料を読んだりして準備をするか、はたまた極力そういった手順は省いて現地での直感を頼るか、意見は分かれよう。

 

今回読んだ『地図のない旅なんて!』の著者、大沼一雄氏はどちらかといえば前者のタイプと思われる。

 

地図のない旅なんて!―地図を読んで旅を二倍楽しむ

地図のない旅なんて!―地図を読んで旅を二倍楽しむ

 

 著書のタイトルのとおり、本書は地図を利用した旅の楽しさをお薦めする本である。

 

大沼氏は旅行会社のパンフレットに従う旅行は「"作られた観光地"というのは、既製服みたいなもので新鮮味がなく、私はあまり利用しないと」として、自分なりの楽しみ方で旅行することを薦めている(3頁)。

 

では、行き当たりばったりの旅がいいかといえばそうでもない。筆者は旅先は地図で見つけ、そして行き先が見つかったら、「徹底的に地図を読む。」

 

宿は現地に着いてから決めたり、乗り物は使わずひたすら歩いたほうが思いがけない出会いがあったり、素晴らしい被写体に出会ったりするとは言うが(4ー5頁)、「実り多い旅には周到な準備が必要だ」と強調する(Part One 第3章)。

 

むしろ、ガイドブックなんかよりも市町村史で情報収集をするというのだから、よほどガチの事前準備派といえそうだ。

 

市町村史まで読むかは別にして、確かに地図は旅の入り口としてちょうどいいかもしれない。

 

地図記号を覚えたりと、読み解くには一定の基礎知識は必要だが、地図には何がどこにあるとか、地形がどうだとか、膨大な情報が詰め込まれている一方で、写真や映像があるわけではないから、そこがどういった質感でとか、どういった色彩でといったとりわけ触覚や視覚面の情報については、実際に現地に行ってみないことにはわからない(もっとも今ではグーグルマップのストリートビューがあるから、地図からそこの映像を入手できてしまうのだが。筆者もそんな時代が来ようとは執筆時には想像できなかったろう)。

 

ガイドブックだとキレイな写真が掲載されているから、現地に着いたときにガイドブックの情報の裏付け確認みたいな気分になってしまう面がある。その点地図は適度に行ってみなければ分からない情報を残してくれる。その絶妙なサジ加減が地図の魅力かもしれない。

 

筆者は小中学校の頃から地図に親しみ、地理の先生だっというから、同じレベルでわれわれ一般人が地図を読むのは、能力的にも時間的にも難しいだろう。市町村史まで読んでいたら、旅に出るまでに何年もかかりそうだ。

 

とはいえ、あえて地図を広げてみれば、リアルの書店に行って、自分の目的の本を買おうとしたら、類書や話題の新刊が平積みされていて、さらに読みたい本が見つかるといった感じで、派生的に行きたい場所や興味深い場所が見つかるかもしれない。

 

地図というのは活字の小説のようなものだ。活字の本には画像やイラストといった想像の手助けをしてくれる材料が一部を除けば基本的にない。だが、それゆえに活字の描写をもとに自分の頭の中で自由にイメージできる。活字を原作にしたドラマや映画が自分の想像していた世界よりもだいぶ貧弱でがっかりしたなんて経験は誰しも持っているのではなかろうか。それだけ人間の想像力とは素晴らしい。

 

実際に訪れた土地が地図でイメージした世界よりも良かった悪かった、同じだった、かなり違ってたなんて思いを馳せながら、現地を探訪するのはきっと味わい深いことだろう。

 

地図といっても、最近はグーグルマップだからストリートビューは見れるし、ルート検索までしてくれる。だが、旅とは非日常なのだから、普段使いのグーグルマップは一旦脇に置いて、古典的な地図の旅を楽しむなんてのも一興だ。

越谷市

今回降り立ったのは東武伊勢崎線越谷駅である。

 

どこに行くか決めるにあたり、美味しいラーメンを食べようと思い、検索して目星をつけたのが、ここ越谷駅にある「こむぎ」というお店だったのである。

 

食べログ「こむぎ」

https://tabelog.com/saitama/A1102/A110203/11033568/

 

駅前は高層マンションが建ち、スーパーやドラッグストアなど基本的なお店がなんでもそろう生活圏として便利な印象だ。 

 

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目指すラーメン屋は駅から徒歩5分程度、元荒川に近い。

 

ラーメン屋に向かって歩いてみると、駅前こそ再開発された雰囲気だが、今川焼きっぽいお菓子を売るお店や人形店があったりと、歴史を感じさせるお店もちらほら。 

越谷には日光街道の宿場もあったというから、こうした歴史がありそうなお店があるのは不思議ではないのかもしれない。

 

越谷の歴史 解説と写真(古代〜近代) 越谷市公式ホームページ

 

由来は下記のとおりで、確かに平らな低地といった感じだ。

 

市名となっている越谷とは、以前は越ヶ谷と表記されていたが、これは『越の谷』という意味であり、『こし』とは『山地は丘陵地の麓付近』の意であり、『谷』は『低地』の意ではないかといわれています。これは『大宮台地の麓にある低地』を指す地名だとの推測がたてられている。

 

www.aiai-fs.jp

 

越谷市は人口が30万人を超える大都市だ。今回は越谷駅から北越谷駅、そして新越谷駅まで歩いたのだが、新越谷駅もなかなかに開けていて、越谷市の人口の多さが垣間見れる。

 

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越谷駅の駅前

 

 

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新越谷駅の駅前

 

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↑太郎焼というお菓子を発見。ラーメン食べた後に買うとしよう^ ^

 

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↑植木屋という名の人形店

 

お目当てのこむぎに着いたのは13時前。店外に2名の待ち客。あとで気づいたが、なかにも待つための席があり、到着したときは6名前後の待ち客といったところか。

 

今日は気温10度程度と冷える日だったが、これくらいの行列ならさほど待たずに済むだろう。迷うのことなく行列の最後尾に並ぶ。

 

すでに特製つけ麺は品切れ。もとより今日はつけ麺を食べる気はなかったが、1番に売り切れるってことは人気メニューなのだろう。

 

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10分ほど待って、店内入店、食券購入。

 

注文は塩味玉中華そばと塩チャーシューの追加。

醤油はにほんいち醤油のかえしとの説明書きが席にあり、もしや醤油のほうがよかった?と若干気持ちがゆらぐ。

 

さらに待つこと5分で席に着く。ほどなくラーメン登場。

 

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まずはスープを一口。さほどのインパクトはない。まぁ、塩ってあっさりしててインパクトはないよね、って軽く塩をディスるw

 

しかし、この評価は軽率の誹りを免れないものであったろう。

というのも、もう一口スープをすすれば、およっ、魚介の風味が、特に海老の香りがふわっときたぞ、さらにもう一口すすれば、むむむ、こいつは、、、めっちゃ美味いじゃないかぁ!!と、完全にこむぎの塩ラーメンの虜になってしまったからだ。

 

あっさりしているには違いない。しかし、旨味がしっかりつまっているのだ。魚介旨味ラーメンを食べているようだ。塩は藻塩を使用。もっとも私の浅い知識とバカ舌では藻塩にするとどういう効果があるのか全くわからないのだがw、塩のキレというよりはむしろまろやかな感じで、それゆえデリケートな旨味を殺すことなく、旨味を下から支えているような気がする。

 

付言すれば、チャーシューも噛めば噛むほどなかからうまみが出てくるような美味しさであった。

 

半分ほど食べたところで机上の「フルーツ酢」をかけてみよ、と言う。言われたとおりかけてみるが、これまたすごい。ちゃんと旨味を残しつつ味が変化する。全体が何か統合されたような感じだ。すっぱいという感じはない。フルーツ酢ってすごい発想だ。それとも私が知らないだけで、塩ラーメン界では意外にあるものなのか?

 

塩ってなんか物足りないんだよねって思ってしまって、醤油、味噌、豚骨、塩の定番の中ではやや敬遠気味だったが、こむぎの旨味全開塩ラーメンは自分の中ではかなり鮮烈な衝撃を与えるものであった。

 

店を出て、来た道を戻る。太郎焼を買うためにである。

見た感じは今川焼きに近い。玉子とハチミツが入っていて、特許を取得しているとのこと。どの部分で特許を申請したのだろうか。

 

特許太郎焼本舗 古川製作所furukawaexe TAROUYAKI form

 

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↑元荒川で太郎焼を食べる

 

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↑肝心の太郎焼がぼけてるw あんこはたっぷり甘さ控えめ。 

 

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太郎焼を元荒川を散歩しながら食べる。子供の声や鳥の声が時折聞こえる程度で、静かで癒される。ビルもないから空が広い。今日は曇り気味の天気だったが、それでも十分に気持ちが良い。

私は以前足立区に住んでいて、荒川沿いをよく自転車で走っていたが、荒川ほどに人がいない。たまにすれ違う程度である。荒川沿いのサイクリングも気持ちよかったが、こちらのほうがのどかで落ち着ける。

 

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↑ 最近はこんな工事関連器具があるのか。

 

おそらく上流方面だとは思うが、しばらく歩くと神社と寺を発見。まさに隣同士だ。こんなにそばで競合しないのだろうか。

神社は久伊豆神社。お寺は天嶽寺。越谷の「谷」という地名が示すとおり、基本的に低地のはずのこの地域でなぜに「嶽」という文字が使われているのだろうか?

 

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という謎を出しておきながら、進んだのは久伊豆神社のほう(⌒-⌒; )

天嶽寺も寄ればよかったのだが、神社で参拝を終えたときには完全に天嶽寺のことが頭から抜けていたw

 

というのも、この久伊豆神社もなかなかに立派な神社だったからであり、しかも拝殿までの参道が長い。

 

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↑ようやく拝殿に到着

 

久伊豆神社は、創建された年代は不詳だが、平安時代にはすでにあったようで、長い歴史を持つ神社である(Wikipedia久伊豆神社の項目では創建は鎌倉時代とされている*1)。

 

ご創建の年代は不詳ですが、平安時代中期以降には武士団武蔵七党の一である私市党(騎西党)の崇敬も篤く、除災招福の神として武士や庶民の信仰を集めてきました。応仁年間には伊豆国宇佐美の領主である宇佐美三八郎重之が埼玉郡騎西の地を領するところとなり当神社に古刀を奉献し、篤く尊崇したといいます。近世に入ると、徳川将軍家も篤く崇敬し、二代将軍秀忠、三代将軍家光も鷹狩りに際して参拝、休憩したと伝えられています。

 

www.hisaizujinja.jp

 

名前が「クイズ」神社とも読めるな〜と思っていたら、この神社ではないがさいたま市岩槻区の久伊豆神社アメリカ横断ウルトラクイズの会場になったとのこと。私がふっと思いつく程度だ。すでに先人がネタとして活用済みであった。

 

久伊豆神社 (越谷市) - Wikipedia

 

拝殿奥の旧官幣大社南洋神社鎮座跡地遥拝殿の前にはポケモンGO禁止の看板が。アプリを起動させるとどうやらジムになっているようだ(⌒-⌒; )

先日新たなポケモンが投入されたとはいえ、最近はポケモンGO熱は収まっており、ポケモンGOに興じるゲーマーは今日はいなかった。とはいえ、ポケモンGOが流行ったときは大変だったろう。確認はしていないが、ポケモンの巣になったりしていたらそれこそ神社からすればいい迷惑だったにちがいない。

 

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越谷ではイチゴ狩りもできるようだ。越谷駅前には物産館もあり、イチゴジャムも売られていた。にもかかわらず、なぜか私はイチゴジャムは買わずに米菓と越谷ロマンズというお菓子を買ったw

 

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↑左は飼い猫。興味津々

 

越谷駅から北越谷へ、そして越谷駅に戻り、さらに南下して新越谷駅に。なかなかいい運動をした。

 

さて、次はどこに行こうか。

 

今後はどこに注目して市を歩こう?〜『地名の社会学』を読んで〜

これまで市を訪問したときは、地域にあるお店は観光地に注目することが多かった気がする。市名の由来くらいは調べてみるが、それよりも狭い地域の地名にはさほど注意を払ってこなかった。

なんともったいないことをしてきたのか、とこの本を読んで思わず悔やんでしまった。゚(゚´Д`゚)゚。

 

今尾恵介『地名の社会学角川学芸出版、2008年

https://www.amazon.co.jp/地名の社会学-角川選書-今尾-恵介/dp/404703424X

 

目次

第1章 地名はどのように誕生したか

第2章 地名の現場を訪ねて

第3章 地名の階層

第4章 市町村名の由来

第5章 駅名を分析する

第6章 地名崩壊の時代を迎えて

 

著者の今尾恵介氏は、地図研究家でフリーライターとのこと。ウィキペディアの情報によれば、小さい頃から国土地理院の地形図などを愛読していたらしい。私のようなにわかとは大違いのツワモノだ。私も小さい頃から地図を見るのは好きだったが、氏には到底及ばない。

 

個人的に面白いと思ったのは、第2章の「武蔵野台地のクボ地名」と「東京の消えた地名をバス停に訪ねる」だ。氏曰く、「バス停には旧地名がよく残る」(88頁)。

 

 バス停の名前からインスピレーションを得ることがあるようだ。たとえば、本書では武蔵野台地のクボ地名についてページが割かれているが、筆者がクボ地名に関心を持つきっかけがバス停の名前だったのである。

 

実は、筆者がクボ地名を取り上げてみようと思ったきっかけは、武蔵村山市内でバスに乗った際、「次はシドメ窪」というアナウンスを聞いたからだ。本町三丁目とか中央二丁目のように個性を喪失した地名の多い日常を過ごしていると、シドメ窪のインパクトは強いものがある。(74頁)

 

確かに沿線住民でもないかぎり、なかなか耳にしない響きだ。筆者はここから、見た目には窪地ではないが、雨が降ってはじめて水が溜まり、微小な窪みの存在が明らかになり、それが地名として残るまでのプロセスを解明する。

 

武蔵野台地なのだから「窪」というのは不可解である。地図の等高線を調べても有意な窪地はないくらいの本当に微妙な窪地らしい。だが、地元の人は大雨が降ると水が溜まる、というのを経験則から知っているため、そこに「窪」という字を当てるのである(74-87頁)。

 

そのほか、江戸川区のバス停に「棒茅場」(ぼうしば)という地名を見出したり、足立区で「小右衛門町」という地名を発見したりする。どれも現代ではとても名付けられない名前だろう。棒茅場ともなれば立派な難読漢字である。

 

筆者のように変わったバス停名を聞いても、地図を持ち出してその由来を丹念に探るというのは素人には難しい。とはいえ、あっ、このバス停の名前、変わってる〜くらいのツッコミを入れるのは簡単だ。そうしているうちに、風景を見る感性が養われるんじゃないだろうか。

 

歴史の古い記憶に思いを馳せるもよし、新地名にどういった経緯で珍地名(!)になったのか想像を膨らませるもよし、命名には様々な人の希望や思惑が絡むからこそ、いろいろ楽しみがいがあるというものだろう^_^ 

戸田市訪問〜なぜか住宅展示場にて長居する〜(2017年2月11日)

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今回は埼玉県の戸田市に訪問した。

 

戸田市は1966年に誕生した埼玉県南部の市である。2016年1月現在の人口は、135,243人。 地名由来辞典によると、戸田の由来は以下のとおり。

 

戸田市は、近世の通称に由来し、「土田」と表記された例も見られる。

「と」が「高所」、「た」は接尾語とする説や、湿地を表す地名とする説もあるが未詳。

この地には「戸田」という名の武将もいたが、地名からの名前と考えられる。

 

chimei-allguide.com

 

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降り立ったのはJR埼京線戸田公園駅

 

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なぜ、戸田公園駅なのか。理由は単純だ。赤羽駅で乗った埼京線川越駅行きが快速だったため、戸田市で降りるには戸田公園駅で降りるよりほかなかったためである。

 

さて、埼玉県は全国で最も市の数の多い都道府県であり、2017年1月現在でその数40。面積ランキングだと第39位であるから、県の面積に比して市の数がとても多いことがわかる。埼玉県になぜそれほど市の数が多いのかは気になるところだ。

 

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 街に降り立つ。時間はちょうどランチタイム。

 

快速に乗ってしまったため戸田公園駅で降りたが、もともとは戸田駅で下車するつもりだった。それゆえ、戸田公園駅については何も調べていない。西口に降りたが、飲食店があるようにも見えない。

 

まぁチェーン店でもいいか、と思いつつ、多少歩いてみることにする。

 

さほど歩かずして、というか駅からの階段を降りたらほどなくして、おもしろそうなお店を発見。その名をあかし玉子焼き たこ壱という。

 

食べログ「あかし玉子焼き たこ壱」

https://tabelog.com/saitama/A1102/A110202/11040228/

 

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何やらB1グランプリ優勝との文字が。最近まったくフォローしてなかったが、明石玉子焼きがB1グランプリを制していたらしい。一応その事実を確認すべくググってみると、B1グランプリ優勝なのは間違いなく事実のようだが、それと同時に気になるのが、明石焼きB級グルメなのか論争があることだ。

 

www.j-cast.com

 

私としては、ご当地グルメだし手軽な金額で食べられる美味しい料理だと思うので何の疑いもなく明石焼きB級グルメだと思うし、Wikipediaでは、明石焼は「古くよりあるB級グルメ」に位置付けられている。確固たる定義がないのだろうか。

 

B級グルメ - Wikipedia

 

ともあれ、この店がB1グランプリで優勝したわけではないが、ランチを選ぶきっかけができた。他に候補があるわけでもない。迷わずに店内に入る。

 

メニューを見ると、明石焼にもタコ穴子の二種類およびハーフアンドハーフと複数の選択肢があり、その他たこめし、穴子めしなど明石地域のご当地料理が食べられるようだ。明石焼のハーフアンドハーフ、たこめし、穴子めしを注文する。

 

明石焼はたこ焼きと似た形状ながら、出汁で食べるし、味もあっさりしている。先の記事でなぜに明石焼がB級グルメにならないのか、その根拠がはっきりと書かれていないが、こうした明石焼の持つ上品さにその所以があるのかもしれない。

 

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明石焼のアツアツさは今日のような寒い日にはもってこいだ。穴子めしとたこめしはサイズは小ぶり。穴子めしは濃いめのタレが美味しく、他方でたこめしはあっさりめ。気軽に食べられるから、子供連れにもよいだろう。

 

店内のテレビでは王様のブランチが放送されていた。家賃当てのコーナーで、今回はバスルームにこだわる物件特集らしい。いずれの物件もバスルームがガラス張りで、部屋から丸見えまたはシルエットが見える構造。彼氏彼女とならいいかもしれないが、家族だとこういったバスルームはどうなんだろう。物件は一人暮らしか、せいぜい二人までといった感じであったが。自分も一人暮らし時代にこうしたオシャレ物件に住んでみればよかったと思う。

 

ひょんなことから住宅つながりになるが、食後は駅から徒歩2分の住宅展示場に行ってみることにした。王様のブランチに見入ってしまったのもここに原因があるのだが、ただいま我が家はリノベーションのデザインを検討中で、どうしてもアンテナがこっちの方向に行ってしまうのだ。

 

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↑通りの名前は「オリンピック通り」。1964年東京オリンピックのボート競技会場になったことに由来すると思われる

 

すでに中古マンションを購入しているので、住宅展示場に用事はないのだが、内部のデザインなど参考になるところもあるかと思い、覗いてみることにする。戸田市の紹介として適切な場なのかはわからないが、積水ハウス土屋ホームの2件におじゃましただけで3時間も滞在してしまった。説明してくださった担当者には申し訳ないと思いつつも、いずれの会社もそれぞれ独自の強みがあり、思わず新築戸建もいいなぁ、と思ってしまったのであった。積水ハウスは建築後のアフターケア体制が強力だし、土屋ホームの外断熱はたしかに気密性が高く光熱費に優しそうだ。

 

土曜日ながらお客さんは少なく、それでもそこに待機していないといけない担当者は大変だろうなぁ、と思う。冷やかしでも誰か来てくれたほうがいいのか、それとも冷やかしなら時間のムダと思うのか。前者であれば、買う気はないのに訪問した私としても気が休まるのだが。。。(⌒-⌒; )

 

住宅展示場視察を終え、戸田駅方面に歩く。

 

名の知らぬ川でオオバンをパチリ。

 

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道中のゴミ収集場で「生きビン」なる表記を発見。生きビンってなんだろう??(あとで検索してみると「洗って再使用できるビン」を指すようだ)

 

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オロナミンCの空きビンは生きビンなのか??それとも?? 

 

五差路という交差点に遭遇。

 

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↑ここからなら埼玉県南部の主要都市すべてに行けそうだ

 

住宅展示場に3時間もいたせいで、もうすでに日暮れどき。

 

五差路交差点のほど近くに「WA」という看板を掲げたお店を発見。「三陸宮古市場」の文字。時間は17時を過ぎたあたりだが、昼ごはんが軽めだったのでそこそこお腹が減っている。この先に晩御飯の当てがあるわけでもないので、入ってみることにする。

 

r.gnavi.co.jp

 

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 ↑写真を撮ったのは、店を出たとき

 

メニューには様々な魚介類の料理が。目移りする。店員さんも元気。店内は居酒屋といった感じ。17時過ぎと比較的早い時間帯だったので空いていたが、時間の経過とともに店内は混み始め、18時半頃にはだいぶ席が埋まっていた。隣の席には地元の人と思しき家族連れが座る。付近にも居酒屋等があり、この界隈は地元の人御用達のちょっとした飲屋街なのかもしれない。この店もその一つなのだろう。

 

悩んだ末、注文は珍味三種(塩うに、いかうに、山海ほたて)、海鮮サラダのハーフ、ワカサギのてんぷら、肉豆腐、焼きそら豆、シャンパン貝鍋一人前&〆のパスタ、日本酒熱燗也。

 

熱燗と珍味三種がなかなか乙で、出だし快調。発酵食品って複雑で深みのある味だと再確認。発酵食品って好き嫌いの分かれる味だとは思うが、あまり発酵文化の発達していないアメリカから帰ってきたときなど、特にたまらなく美味しい。

 

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居酒屋らしく、この店は比較的量が多めだ。

 

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↑写真では伝わりにくいが、海鮮サラダはハーフでもなかなかのボリューム。魚のぶつ切りがたくさん 

 

シャンパン貝鍋は思いのほか出汁は出なかった( ̄ー ̄)
1番楽しみにしていたのだが、なぜだろう??ホンビノス貝ムール貝、アサリ、カキ、赤皿貝が入っててたくさん出汁が出そうなものだが。貝って酒蒸し的にすれば勝手に出汁が出てくれるもんだと思っていたが、そう簡単なものではないらしい。

 

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そういえば完全に余談だが、築地のトラットリア築地パラディーゾの貝のパスタが、貝の出汁がしっかり出ていてとても美味しかった。

 

r.gnavi.co.jp

 

帰りがけに「WA」から徒歩10分程度のところにあるスーパー銭湯「彩香の湯」に立ち寄る。19時くらいだったが地元の人たちでとても賑わっていた。タオルと館内着は別料金だが、一人1000円程度と、なかなかお値打ち。

 

saikanoyu.com

 

風呂を出て家路につく。

そういえば、戸田公園駅に降りたのに戸田公園には行かなかったな。

 

さて、次はどこに行こうか。

 

いい地名ってなんだろう??

最低でも週に一回どこかの市を訪ねてみたいと思っていたのだが、海外出張が重なってしまいなかなか週末にどこかに行けなくなっている。


このままではブログを書く習慣付けが難しくなってしまうから、何かしらの番外編を書くことした。


番外編として海外の市を紹介するのもありだが、番外編として企画するほどには海外出張に行かないし、たくさんの市に行くわけでもない。なので、海外の市の紹介はやめて、今後の市制覇に役立ちそうな本を読んで、それをまとめてみようと思う。


名著や定番の本から始めるべきかもしれないが、この分野でどういった本や研究者が有名かはまだわからないので、選択はランダムだ。柳田国男もわかろうが、気持ち的にハードルがたあいので、いずれ、、、ということにしたい。


さて、今回は田中宣一氏の『名づけの民俗学』(吉川弘文館、2014年)だ。田中氏は成城大学の名誉教授で、他には『年中行事の研究』や『祀りを乞う神々』などの著作がある。


名づけの民俗学 (歴史文化ライブラリー)

名づけの民俗学 (歴史文化ライブラリー)


目次は以下のとおり。


モノの名前

物に名をつけること

 命名の研究

 言葉の力

生活から地名が生まれる

 地名への関心

 山の名前

 川の名前

 海の名前

 耕作地の名前

 災害と地名

地域の名前

 公的地名

 新しい公的地名

家の名、人の名

 家の名

 名前と人格

 近代の名前

 名づけの民俗学

さまざまな名前

 風の名

 魚の名

 蝸牛

 大学名

現代の命名事情


現代の市名に特に関連するのは、公的地名の部分だろう。


市名を含む公的地名には様々な名付けられ方や由来があるが、田中氏は以下のように分類する。


都道府県名(98-99頁)

1.旧藩名・城・城下町の名前:秋田、山形、福島、富山、福井、静岡、大阪、和歌山、鳥取、岡山、広島、山口、徳島、高知、福岡、佐賀、熊本、鹿児島

2.郡の名前:岩手、宮城、茨城、群馬、埼玉、山梨、愛知、滋賀、島根、香川、大分、宮崎

3.町村名:青森、千葉、神奈川、新潟、長野、兵庫、奈良、長崎

4.初期の県庁所在地名:栃木、石川、三重

5.都市名:京都

6.旧国名:愛媛

7.島名:沖縄

8.その他:北海道、東京、岐阜


市町村名を含む地名分類(115-116頁)

Ⅰ. 自然地形

1.地形や土地の性質

2.気象条件

3.動植物名

4.災害など自然の変化

Ⅱ.文化地名

5.開墾・土地利用

6.神仏名

7.建造物や建造物の関係者

8.農漁工商などの生業や産物

9.伝説や歴史的事柄

Ⅲ.期待地名

10.土地への希望やそこでの生活の抱負・期待


前回の熱海市のブログでも取り上げたが、平成の大合併で新造された名前はこの本でも取り上げられている。


http://mtautumn.hatenablog.com/entry/2017/01/15/233850


たとえば、南アルプス市伊豆市伊豆の国市などがそれで、そのほか太平洋市黒潮市、中央アルプス市、天草シオマネキ市、ブルー奄美市といった実現しなかった珍地名も取り上げられている。これらは珍地名で必ず取り上げられるから、衆目一致の珍地名なのだろう。


歴史に由来せず、想いが込められた新造地名もある。以前訪問した神奈川県大和市もその一つで、村名決定で意見が割れたため、合併後仲良くやるよう、「大いに和する」との意から名付けられた地名である。


http://mtautumn.hatenablog.com/entry/2017/01/09/094623


こうした和を尊重した地名には、山口県大和町(現在の光市)、神奈川県睦合町(現在の厚木市)、熊本県天草郡五和町(現在の天草市)、愛知県美和町(現在のあま市)、熊本県三加和町(現在の和泉町)、愛知県中島郡平和町(現在の稲沢市)などがそうである。


また、今後の発展を祈ってつけられた地名としては、愛知県弥富市島根県那賀郡弥栄村(現在の浜田市)などがある(106-109頁)。


新興住宅街によくある、青葉区青葉台、あざみ野、藤が丘、桂台、若竹町なども、もともとそれらの植物が繁茂していた、というよりは、地域がそうした美しい雰囲気になるようつけられた地名であるという(109-110頁)。


こうした期待や想いが先行する新造地名は批判や嘲笑の対象になりやすい。


しかしながら、田中氏のこれらの地名に対する眼差しは暖かい。


「宅地開発によって、歴史を持つ大字名や字名が消えるという由々しき事態は生じているものの、新たな名のり的命名による地名が増え、それらには住民の意気込みや夢が盛り込まれていて悪くない」(111頁)


もちろん、命名由来は得てして後付けで、命名プロセスを詳しく知っている人からすれば、そう簡単には受け入れられない事情もあるのだろう。


それに私だって、珍地名を見たときにはキラキラネームを見たときのような衝撃を覚えるのも事実だ。


とはいえ、名前に縁起をかつぎたいと思うのは人間が感情を持つ生き物だからであり、ときとしてそれが一風変わった名前を生むことにつながるのだとしても、新たに誕生した名前を温かく見守るのもありではないだろうか。


田中氏の本を読んで、私はそう思うのである。


熱海市 〜個性的な洋館と魅力溢れる観光の街〜(2017年1月14日訪問)

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今回は有名な観光地、熱海市だ。

 

1.正しい地名

2.熱海市

3.桜祭り

4.起雲閣

5.こばやし

6.聚楽

 

1.正しい地名?

 

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すべての市に行くと決めてから、地名や地理に関する本を読み始めるようになった。そうするとしばしば非難の槍玉に挙げられている地名があることに気づく。

 

瀬戸内市四国中央市北杜市伊豆市伊豆の国市南アルプス市奥州市つくばみらい市さくら市などがその代表だ。実現しなかった名称には太平洋市南セントレア市などがある。歴史的伝統性や機能性がない、一地域にすぎない市がより広域の地名を名乗ることが誇大や僭称にあたる、というのが非難される主な理由である*1

 

上の本を書かれた楠原氏は正しい地名復興運動世話人でもある*2

 

確かにひらがなやカタカナが入った地名はギョッとするし、瀬戸内市四国中央市奥州市なども地理的範囲が広すぎてどこの県の市かわかりにくかったりはするから、氏の言うことには頷ける部分が多々ある。キラキラネームに遭遇したときのようなモヤっと感を感じるのは否定できない。

 

ただ、歴史的伝統性や機能性がある地名こそが正しい地名なのです、と断言されてしまうとそれはそれでモヤっとしてしまう。

 

というのも、歴史的伝統性や機能性を「正しい」基準と断言する基準がわからないからである。歴史的伝統性や機能性がなくても居住者の民意が反映されていたり、創作的な地名であってもものすごく考え抜かれた名前が誕生することもあるだろう。歴史的伝統性や機能性が市名を決める上での基準の一つである、というならそのとおりだと思うが、それが「正しい」基準である!と上から目線で言われてしまうとやはり何かしらの違和感は感じてしまうのだ。

 

槍玉に挙げられる地名の多くは平成の大合併時に出来た地名だ。合併に先立って合併協議会が設立され、そこで有識者等が議論し、複数の候補から地域住民にアンケートで投票してもらい、その結果を踏まえて新市名が決定されることが一般的である。アンケート結果が上位だったにもかかわらず、最終的に別の地名が合併協議会で決定されてしまうこともしばしばであり、民意に諮るプロセスがあるように見えても実際は民意が反映されていないケースも多々あるが、理念型としては、地域住民が賛成していることを新市名決定の基準にすることは可能だろう(たとえそれが歴史的伝統性や機能性がなかったとしても)。

 

楠原氏は「市名などは、一時の好悪感とか一部住民の嫌悪感とかで選ぶものではな」いと言うが*3、、今日では歴史的伝統性のある地名が当初より「一時の好悪感とか一部住民の嫌悪感」で選ばれたものではなかったかと言えば、そうではないだろう。

 

たとえば、会津若松戦国大名蒲生氏郷が命名した地名だが、この若松という地名は蒲生氏郷が幼少の頃遊んだ日野の「若松の杜」に由来するというのが通説だ。日野とは近江国蒲生郷日野で、現在の滋賀県*4

 

福岡もしかり。もともと「博多」と呼ばれていたが、戦国大名黒田長政が黒田家ゆかりの備前国福岡にちなんで命名した地名である*5

 

会津若松も福岡もそれこそ歴史的伝統性や機能性、住民の意向など顧慮されずに決定された名称であり、特定の人物の「一部の好悪感とか一部住民の嫌悪感」に基づいた地名といえるだろう。その点、現在のほうが地名決定に多くの人々が関われている点で地域住民の民意が考慮されているともいえる。

 

だからといって、会津若松や福岡がおかしな地名ってことはないだろう。両方ともすっかり馴染んだいい地名だと思う。

 

そう考えると、確かに歴史的伝統性のある名前は美しいし、それが消えていくことに対する嘆きはとっても共感できるものの、歴史的伝統性や機能性ばかりが「正しい」として、他の決め方を排除するような考え方はやはり望ましくないように思えるのである。

 

2.熱海市

 

さて、前書きが長くなったが、今回は熱海市である。もはや説明が不要な全国的に有名な観光地であり、温泉や海産物に代表されるグルメなど、多彩な魅力に溢れる街である。こういうブログを書いていると、ガイドブックに載っていない場所を紹介したくなるが、これだけ訪問すべき場所がたくさんある街だと、ガイドブックに掲載されている場所だけでも目移りしてしまう。とてもニッチな場所を開拓するだけのゆとりなどない。正しい地名論争などしている場合ではないのである(⌒-⌒; )

 

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ウィキペディアの情報によると、なんでも熱海市は神奈川県湯河原町との合併構想が持ち上がったこともあるらしい*6。合併すれば一大温泉観光圏の誕生であったろうが、ともに温泉地として名高い街だけに合併後の地名をどうするかで大揉めに揉めたことであろう(笑)

 

前回訪問した大和市のようにもともとの地域名と関連性のない名前が選択されるケースでよく見られるのが、どの地域の力も拮抗していて、あちらを立てればこちらが立たずとなり、それゆえどの地名とも関係のない名前が選択される場合である。平成の大合併でも名称をめぐって対立が発生し、合併自体がご破算になったケースもある。熱海も湯河原もともに広く知られた地名で互いが譲らないだろうか、きっと合併した場合は歴史的伝統派が忌み嫌うような珍妙な新市名になったことだろう。

 

肝心の熱海市だが、その歴史をたどると、1889年に熱海村が伊豆山村、泉村、初島村と合併して、新たな熱海村になり、さらに1937年に多賀村と合併して熱海市が誕生した。2012年4月現在の人口は39,463人である。

 

www.city.atami.shizuoka.jp

 

熱海市によると、熱海の由来は下記のとおりである。

 

奈良時代、箱根の万巻上人が、海中に沸く熱湯によって魚類が焼け死に、甚大な被害を被っていた漁民たちの訴えを聞き、祈願によって泉脈を海中から山里へ移し、「この前にお社を建てて拝めば、現世も病を治す、来世も幸せに暮らせる」と人々に説いたと伝承されています。この源泉が現在の大湯であり、そのお社は薬師如来少彦名神をお祀りしてこの地の守り神とした、湯前権現(現在の湯前神社)であるといわれています。
また、「熱海」と書いて、「あたみ」と読むこの地名の由来は、海中より温泉が凄まじく沸きあがり、海水がことごとく熱湯となったため、「あつうみが崎」と呼ばれ、それが変じて「あたみ」と称されるようになったと言われています

 

いかにも温泉地らしい名前の由来だ。

 

www.city.atami.shizuoka.jp

 

3.桜祭り

 

1月もまだ半ばだというのに、もう桜が咲いている。その名も「熱海桜」。1月に咲く桜だそうで、2月に咲く河津桜は知っていたが、さらに早く咲く桜があるとは知らなかった。折しも今日の最高気温は7度、小雪もちらつく寒さである(Yahoo天気予報では晴れ時々くもりだが、実際ちらちら小雪が舞っていた)。

 

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↑写真ではわかりにくいが、川の両岸に桜が咲いていた

 

そんな寒空にもかかわらずしっかり咲いている。写真だけ見れば、3月か4月か見間違えてしまうほどだ。この寒さでは落ち着いてお花見というわけにはいかないが、1月に満開の桜を見るのは不思議な気分だ。

 

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ちなみに熱海桜の開花期間は約1ヶ月だそうだ。ソメイヨシノは満開になってから一週間程度で花が散ってしまうから、なんとも強靭な桜の花だ。心なしか幹や枝もごつくて力がありそうである。よもや桜を見られるとは思っていなかったから、得した気分である。

 

4.起雲閣

このブログを始める前であるが、熱海には何度か来ている。東京在住の人間にとって、熱海は気軽に行ける観光地の一つである。温泉や海産物など多くの魅力があるこの街だが、今回熱海に来たのは、「起雲閣」に行ってみたかったからである。

 

www.city.atami.shizuoka.jp

 

起雲閣とは、1919年に別荘として建てられた邸宅で、のちに旅館となり、山本耕三や志賀直哉谷崎潤一郎太宰治舟橋聖一ら名だたる文豪が宿泊した邸宅である。現在は熱海市の指定有形文化財

 

和館と洋館がミックスした独特のオーラを持つ建築物だが、内部もかなり凝ったつくりになっている。

 

和館の「麒麟大鳳」の間は群青色の壁が際立つ。たまたまそばにいたガイドさん曰く、これは加賀群青と言われる色で、その色を出す材料は高価で貴重であったため、前田家のお殿様でないと使用できなかったそうだ。その後、起雲閣の持ち主が石川県出身者に移ったため、旅館開業にあたり加賀群青色に染めたのである。

 

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↑群青色と和室のコントラスト

 

兼六園にもこの色が使われているそうだから、石川県出身者や兼六園を観光した人にとっては既知のことであろうが、和室と鮮明な群青色のコントラストは私にとってとても新鮮で粋に映ったのである。当時の宿泊者はこの色を見て何をどう感じたのだろうか。

 

順路に沿って進むと、「玉姫」という洋館の部屋に着く。熱海市のホームページだと窓や天井の写真が使用されているが、むしろタイル張りのカラフルな床こそ美しい。私は建築学についてまったくの無知だが、当時でさえもけっこうハイカラなデザインだったのではないだろうか??

利便性ではフローリングの床のほうが断然いいだろうが、こんな床にすれば現在でもかなりの洒落者として評判になりそうだ。

 

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↑床がとてもおしゃれ

5.こばやし

 

せっかく熱海に来たのだから、やはり海の幸は食べたい。訪れたのは「和食処こばやし」。

食べログの評価も高い。早めの時間なら空いているだろうと17時半ぐらいに店に着いたが、なんとすでに満席。ちょうど会計を済ませるお客さんがいたので、運良くさほど待たずに席に着くことができた*7

 

飲み屋かと思えば、定食メニューが豊富である。とはいえ、気分は一品料理なので、春野菜のてんぷら、金目鯛の煮付け、お刺身の盛り合わせ、アジの干物、金目鯛とあおさのりのお茶漬けを食べることにした。

 

お刺身の盛り合わせは最も安くて4500円。なかなかに強気の値段設定だが、運ばれて来ればその金額も納得。正直、二人ならばお刺身だけでけっこうお腹にたまるくらいの量だ。一切れ一切れが厚さもある。アジは直前に〆られたようで、まだ口をパクパクしている。盛り合わせはアジ、いさき、タコ、〆鯖、イカ、マグロ、かんぱちといったところか。将来ビッグになったら金額を気にせずに伊勢海老の刺身に挑戦したい(将来といいながら、すでにしてけっこういい年だが。まだ大器晩成という言葉は使う権利があるのだろうか)。

 

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↑お刺身はボリューム満点

 

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↑金箔とアジ

 

伊豆に来た以上金目鯛の煮付けは外せない。濃いめの味付けが美味しい。白い米が欲しい。

 

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↑金目鯛の煮付け

 

お茶漬けは意外にも金目鯛の西京焼きをほぐし身が使われている。てっきりお刺身に出汁をかけるのかと思った。脂の乗った金目鯛の西京焼きだけあって、かなり主張してくる。なかなかに重量級のお茶漬けだ。

 

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↑お茶漬け

 

ただ、このともすれば脂っこくなりかねないお茶漬けをきりっと〆るのが伊豆生わさびである。生わさびを入れると一気に清涼感が増す。生わさびバンザイ。君がいないと満足度もだいぶ違っていたであろう。

 

6.聚楽

 

帰りの時間も気になるが、寒気のせいで雪もちらつくこの寒さ。体がお湯を欲している。こばやしを出たのが19時半。遅くまで立ち寄り湯をやっているところを探すと、熱海聚楽ホテル・月の栖が21時まで立ち寄り湯をやっているとのこと。熱海駅から徒歩3分、こばやしからもとても近い。

 

atami-juraku.co.jp

 

タオル付きで一人2000円也。ちょうどお宿の食事時間中だったためか大浴場には誰もいない。ラッキー(^ ^)

 

ほのかに漂う硫黄臭がいい。露天風呂はそれほど広くはないが、夜の冷気の中で入る温泉は格別だ。

 

温泉の効果はすごい。来るときは冷え切った体が、帰るときは寒気の冷気などまったく気にならないくらいぽっかぽかだ。さすがは温泉である。

 

熱海の夜は早い。20時過ぎだというのに商店街はすでにお店が閉まって真っ暗だ。改札内の売店で慌ててお土産を買って、20時35分の小金井行きの電車に乗る。

 

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↑熱海の夜は早い。これで20時過ぎ。

 

熱海に着いたのが14時くらいだから、6時間半くらいしかいなかったが、それでもけっこう楽しかった。東京至近の観光地熱海はやはり素晴らしい場所であった。

 

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↑今回は行かなかったが、美味しいラーメン屋「雨風本舗」

 

さて今度はどこへ行こうか。

*1:楠原佑介『こうして新地名は誕生した!』KKベストセラーズ、2008年、14-45、91頁

*2:正しい地名復興運動(正名復興運動): 地名情報資料室・楠原佑介

*3:楠原佑介『こうして新地名は誕生した!』KKベストセラーズ、2008年、91頁

*4:谷川彰英『戦国武将はなぜその「地名」をつけたのか?』朝日新聞出版、2015年、56-59頁

*5:谷川彰英『戦国武将はなぜその「地名」をつけたのか?』朝日新聞出版、2015年、84-86頁

*6:熱海市 - Wikipedia

*7:食べログ「和食処こばやし」

https://tabelog.com/shizuoka/A2205/A220502/22001229/

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